第230話

「聞かせてもらいましょうか? 綾乃さん。大体の察しはついてますけど……」

「とーぜんっ! あなたのNOAHと勝負に来たに決まってるでしょう」

 館林綾乃さんは現在マーベラスプロの所属で、パティシェルのマネージャーを務めてるんだって。聡子さんとは同期の桜で、ライバルってわけ。

「同い年ってことは……綾乃さんも入社して、二年目なんですね」

「大学受験で一浪してるから、私よりひとつ上です」

「余計な情報を漏らさないでちょうだいっ!」

 綾乃さんはさっきの小恋ちゃんよりも悔しそうに地団駄を踏む。綺麗なひとなのに、もったいないなあ……。

 奏ちゃんは呆れがちに嘆息した。

「要は聡子さんに絡みに来たってことでしょ。もう帰っていいかしら」

「こっちの話はまだ終わってないってば! 朱鷺宮奏!」

 そんな態度がますます輝喜ちゃんの神経を逆撫でする。輝喜ちゃんは同じセンターの私に狙いを定め、はきはきと宣戦を布告してきた。

「あんたもよ、ゴゼン結依っ!」

 まさかの読み間違えが、虚しいエコーを響かせる。

 咲哉ちゃんが恐る恐る訂正しようとした。

「えっと……結依ちゃんの苗字は『みさき』って読むのよ? 輝喜ちゃん」

「ふん。そーやって、キキをおちょくろうってんでしょ? ねえ、マネージャー」

 けれども輝喜ちゃんは聞き耳を持たず、綾乃さんまで口を揃える。

「騙されるもんですか、ゴゼン結依。さては月島聡子の入れ知恵ね?」

「ウワァ……」

 リカちゃんの表情がげっそりと苦くなった。

 パティシェルの那奈ちゃんがケータイで漢字を調べ、小恋ちゃんは感心する。

「ほらね? 『みさき』が正解でしょ」

「へえ。NOAHのメンバーって難しい読み方するんだなー」

 輝喜ちゃんと綾乃さんは途端に顔を赤らめる。

「どっ、どうだっていいのよ、そんなことは。キキの名前だって、割としょっちゅう読み間違えられるくらいだし? かがやきちゃんとか」

「そ、そうそう! 大した問題じゃないわ」

 いかにも面倒そうな相手(特にマネージャーさんのほう)に、聡子さんが問いかけた。

「それより綾乃さん……志岐くんとはどうなんですか?」

 すると、今までの剣幕はどこへやら。

「ええ~? それ聞いちゃう~?」

 綾乃さんは照れ笑いを浮かべつつ、ぐにゃぐにゃと身体をくねらせた。

 聡子さんの溜息が重い。

「はあ……こういうひとなんです。怒りだしても、周防志岐くんとの関係を聞けば、大体のことははぐらかせますので」

「あ、はい」

 かの玲美子さんにも負けず劣らずの変人……なんだね。

 改めて綾乃さんは私たちに一枚の企画書を突きつけてきた。

「っと、それより本題はこっちよ。これを読んでちょうだい、月島聡子」

「こういうのはメールで送ってくれても……」

 聡子さんを囲んで、私たちは企画書の内容を一読。

 なんでもマーベラスプロは今月、遊園地『エンタメランド』でイベントを企画してたそうなの。ところが、出演予定のタレントが急きょキャンセルを言い出した。

 そこでパティシェルが代打に立つわけ、なんだけど……。

 杏さんや咲哉ちゃんが疑問を呈する。

「もう半月もないわよ? こんなに急に変更しちゃって、お客さんが集まるのかしら」

「チケットの払い戻しなんかも始まってるんじゃない?」

 にもかかわらず、小恋ちゃんは得意げに人差し指をチッチッと振った。

「もともとエンタメランドの入場者向けのフリー企画だから、そこは心配いらないぞ。でもエンタメランドには、でっかいステージがあってだなあ……」

 リカちゃんが口角を吊りあげる。

「なーるほど? 少ないリスクで舞台を演れるワケね」

「ギャラはエンタメランドが一括でってこと?」

「結依もわかってきたじゃん」

 えっと、つまりお客さんは遊園地に、遊園地はマーベラスプロにお金を払うのかな。

 杏さんも丁寧に補足してくれた。

「でも、あくまでマーベラスプロのお客さんはエンタメランドだから、エンタメランドの要望には応えなくちゃいけないのよ。まあ無茶は言わないでしょうけど」

「地上波の番組とスポンサーの関係と、同じですね」

「自分たちだけで納得してないで、最後まで読みなさいっての」

 その流れで企画書に目を通し、聡子さんは顔を顰める。

「おじさんはまた……綾乃の口車に乗せられて」

 綾乃さんのこと呼び捨てにしたよね、今。

「ちょっと井上社長に確認を取ってきます。多分、まだ何も伝わってませんから」

 聡子さんは慌ただしく席を外した。

 残された企画書の後半には『VSイベント』とある。

 パティシェルとNOAHで……私たちは目を剥くほどびっくり。

「ええええっ?」

 輝喜ちゃんは居丈高な調子で断言しちゃった。

「ゲーム対決で勝ったほうが、エンタメランドのステージに立つのよ。どうっ?」

 聡子さんが顔色を変えたのも頷けるよ。

 マーベラスプロのタレント同士ならまだしも、NOAHはVCプロの所属だもん。なのにエンタメランドにはマーベラスプロがお金を出して――これ、成り立つの?

 杏さんも顔を引き攣らせてる。

「無茶苦茶ね……いくら事務所同士の関係が良好だからって」

「聡子さんって確か、マーベラスプロの社長の姪っ子でしょ? 姪煩悩ってやつが暴走しちゃったんじゃない?」

 やがて聡子さんが戻ってきて、開口一番に綾乃さんを責めた。

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