第229話

 森地さんじゃなければ、スタッフの誰でもない。甲高い声がジムに響き渡る。

「見てらんないわ。これがNOAHってやつ?」

 堂々と乗り込んできたのは、三人組の女の子だった。三人揃って身長は150センチ以下、高一にしてロリータ系アイドルを代表する、あの――。

「パティシェルっ?」

 話題のアイドルユニット『パティシェル』が、まさかの乱入。

 咲哉ちゃんやリカちゃんも聞いてなかったようで、かぶりを振った。それどころか、スタッフさんまで一様に驚いてる。

「パ、パティシェルがどうして……?」

「ふふんっ。最近何かと調子に乗ってるNOAHに、宣戦布告に来てあげたの」

 パティシェルのセンター、春日部輝喜(かすかべきき)ちゃんが小さな胸でふんぞり返った。後ろにいるボーイッシュなのが尾白小恋(おじろここ)ちゃんで、もうひとりが百武那奈(ひゃくたけなな)ちゃんだね。

 苗字が『日・白・百』で名前は『きなこ』って、よくネタにされてる。

 小恋ちゃんも前に出てきて、私たちを一瞥した。

「この間の件、忘れたとは言わせないぞ? そっちのセンターが熱出したからって、こっちに十分も追加で押しつけた件な」

 那奈ちゃんは後ろでにこにこしてる。

「おかげで出番は長くなったけど。ちょっと間が持たなかったかなあ?」

「そんなことよりも! キキが許せないのは、そいつよ!」

 輝喜ちゃんは唇をへの字に曲げながら、私じゃなく――咲哉ちゃんを指差した。

「パティシェルだってミュージックプラネットに出たのにっ! 九櫛咲哉の復帰で話題をぜ~んぶ、かっさらわれたんだから!」

「そーだ、そーだ! 直後の配信も全然ひとが来なかったんだぞ」

 小恋ちゃんも地団駄を踏む。

 私たちは『しまった』とばかりに顔を見合わせて、絶句するほかなかった。

 放送の当日に迷惑を掛けたことは知ってるよ? 聡子さんがお詫びをしてはくれたものの、お仕事でパティシェルと会う機会があったら、ちゃんとお礼を言うつもりだった。

 けど、パティシェルの都合までは頭がまわってなかったの。

 九櫛咲哉の電撃復帰が唐突に話題を独占したことで、パティシェルは煮え湯を飲まされる形になってたんだよ。

「ご、ごめん……」

「今さら謝られてもねー」

 せめて私は頭を垂れるも、輝喜ちゃんに一蹴される。

 そんな私の傍らから、リカちゃんが堪えきれずに飛び出した。

「ちょっと待ってくんない? こっちだって咲哉の復帰が掛かってる、大一番だったんだからさあ。悪いけど、こんなの言いがかりでしょ」

 杏さんも加勢に打って出る。

「NOAHもパティシェルも真剣にやっただけのことよ。不運に見舞われたからって、わたしたちのせいにするのは、いささか自分勝手な発想じゃないかしら」

「な、なにおぉ~?」

 NOAHとパティシェルの間でばちばちと火花が散った。

 咲哉ちゃんは困ったようにうろたえる。

「ま、待って? 謝るべきはわたしであって……」

 それを奏ちゃんが窘めた。

「咲哉も結依も謝ることないわよ。さっき杏の言ったことは正論だと思うわ」

 正論……だよね。

 だけど、アイドル活動には少なからず『競争』の面がある。時には努力さえないがしろにする、非情な勝ち負けが存在するってこと。

「逆の立場でも同じことが言えるわけ? 松明屋杏」

「う。それは……」

 一触即発の空気にはスタッフもはらはらしてた。

「と、とりあえず落ち着いて……」

 私は輝喜ちゃんを宥めるも、かえって反感を買うだけ。

「落ち着いてられるわけないでしょっ! こうなったからには白黒つけようじゃん!」

 みんなが固唾を飲む中、やけに大きな溜息を漏らしたのは聡子さんだった。

「はあ……。いい加減、出てきてください。あなたがパティシェルを煽ったことはわかってるんですよ? 館林綾乃(たてばやしあやの)さん」

 呼びかけに応じて、派手な風貌の女性がジムに入ってくる。

「ご挨拶ねぇ。月島聡子」

 その顔立ちには見覚えがあった。 

「あれ? 確か、昔の動画で聡子さんと一緒にアイドル演ってた……」

 リカちゃんや奏ちゃんも前のめりになって、目を見張る。

「そ、そうよ! 地味じゃないほうの」

「眼鏡じゃないほうの!」

「奏はともかく、リカ? それは聡子さんに失礼よ」

 杏さんと咲哉ちゃんも思い出したみたいだね。

 聡子さんは一時期デュオを組んでたの。そのパートナーが今、目の前にいる。

 綾乃さんは不敵な笑みを浮かべながら、聡子さんをねめつけた。

「ふっふっふっふ……ここで会ったが百年目とは、まさにこのこと。月島聡子、今日こそあなたに引導を渡してあげるわ」

 対し、聡子さんは投げやりに肩を竦める。

「スタッフのみなさんは撤収作業のほうを進めてください。このひと、どうせ大したことはできませんから」

「ああっ、あなたねえ? せっかく対決っぽい空気を演出してあげたのに」

 な、なんだか……思ったほど深刻な事態じゃないのかも。

 ひとまず私たちは邪魔にならない場所へ移り、改めて向かいあった。

 パティシェルの那奈ちゃんがお詫びを入れてくる。

「ごめんねー、結依ちゃん。パティシェルは三人で、多数決だからぁ、ナナが反対しても意味ないってゆーかあ……」

 その隣で小恋ちゃんは眉を顰めた。

「引っ掛かる言い方するなよ。反対しなかったってことは、賛成みたいなもんだろ」

 NOAHのマネージャー、聡子さんが眼鏡の袷を指で押さえる。

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