第228話

「そうだね。じゃあ、あっちの鉄棒で」

 カメラさんと合図を取りながら、私たちはぞろぞろと鉄棒のもとへ歩いていった。体力テストの結果次第で、メンバーごとにトレーニングの内容を決めるんだって。

 一番乗りは奏ちゃん。種目は懸垂だよ。

「ぜえっ、ぜえ……ど、どーよ? 十回……やったっつーの」

 多少グロッキーになりながらも、奏ちゃんは懸垂十回を達成した。

 森地さんも舌を巻く。

「すごいわネ! 十回もできたら大したものよ」

「と、当然……でも、ちょっとポカリ飲ませて……」

 私はスポーツドリンク(スポンサーからの差し入れ)を開封し、奏ちゃんに手渡す。

「はい、どうぞ。ついでにポカリの宣伝も」

「できるわけ、はあっ、ないでしょ? こんな状態でぇ……んぐぐっ」

 恨みがましい目で私を睨みつつ、奏ちゃんはスポーツドリンクをラッパ飲み。

 続いて、杏さんとリカちゃんがふたり同時に懸垂に挑んだ。

「……くぅ!」

「ぬ、ぬぬぬ~!」

 でも動きがないから、先に咲哉ちゃんがスポーツドリンクを宣伝する。

「スポーツのあとは爽やかに! 水分補給は忘れずに、ね」

「私もそれやりたい! こんな感じ?」

「うーん……結依には咲哉ほど出せないのよね、その、キラキラ感っていうの?」

 奏ちゃんも復活して、CM談義で盛りあがった。

 その間も杏さんとリカちゃんは鉄棒にぶらさがったまま、微動だにせず……。

 ふたりとも途方に暮れてる。

「あ、上がらないわ……」

「もう降りていい~? 許してぇ」

 とうとう懸垂は一回もできなかった。

 ふたりは鉄棒から手を離し、ジムの隅っこでくずおれる。

「はあ……」

「カメラの前で膝を抱えないのっ」

 フォローは奏ちゃんに任せるとして、次はいよいよ私と咲哉ちゃんの番だね。

「よぉし! 競争しよっか、咲哉ちゃん」

「相手になるわ。うふふっ」

 わたしは両腕で力強く身体を引っ張りあげ、何度も顔で鉄棒を越える。

 咲哉ちゃんの懸垂も安定してた。十回……まだまだ、もう十回!

 そんな私たちの応酬を見上げ、奏ちゃんは驚嘆する。

「もうニ十回よ? 体力バカはこれだから」

「フォームも綺麗よ! 特に九櫛さんのはお手本のようネ」

 二十七回で私はギブアップ。

「はあ、はあ……自己ベストは更新できたかな」

 でも咲哉ちゃんは三十回を達成したうえ、まだ余裕を残してた。

「結依ちゃんもさすが、センターは伊達じゃないわね」

 体力テストの結果、私と咲哉ちゃんは文句のつけどころなし。奏ちゃんも及第点はクリアして、アイドルの面目躍如を果たす。

 一方で――懸垂ゼロの杏さんとリカちゃんは、失意のどん底にいた。この場で膝抱え隊を結成し、ジムの隅っこで異様な雰囲気を漂わせるの。

「こんなジャージまで着てるのに……ごめんなさい。本当にごめんなさい……」

「これで映画女優だって……アハハ、アクションシーンとかどうすんの?」

 空気が重いよぅ。それに遠い。

「リカちゃーん、杏さーん! カメラさんが困ってるからあ」

「そっとしておいて……」

「同じく」

 センターの私って、なんて無力なんだろう。

 しかし咲哉ちゃんの何気ない一言が、再びふたりの闘志に火をつけた。

「トレーニングでカロリーを消費しちゃえば、スイーツを我慢することもないのに」

「……っ!」

「あー、そっか。結依が我慢してるところなんて、一度も見たことないわね」

「……!」

 奏ちゃんにもまんまと乗せられ、杏さんとリカちゃんは立ちあがる。

「やっぱり頑張りましょう、リカ!」

「うんうん! そのためのトレーニングだもんね」

 美容と健康のためであって、お菓子を食べるためじゃないんだけど……。この挫折から復活の流れ、あとでドラマチックに編集されるんだろーなあ。


 やがて収録も終わり、杏さんとリカちゃんは疲労とは別の意味で真っ青に。

「ななっ、生配信されてたって……よりによって、あのシーンなの?」

「冗談でしょ? なんでまた、アタシの恥ずかしいとこ……」

 ふたりが鉄棒にぶらさがってたシーン、リアルタイムで流れてたんだって。スタッフさんも悪意があったわけじゃなくて、時間通りに配信したら、偶然そうなっちゃったの。

 奏ちゃんが聡子さんのタブレットを覗き込む。

「罰ゲームって思われてるみたいよ?」

「そのあとの、結依さんと咲哉さんの懸垂は好評ですね」

 実は一番乗りしたおかげで、奏ちゃんだけは運よく配信時間を逃れてた。

 いきなり杏さん&リカちゃんの『ぶらさがり健康法』から始まって、ファンのみんなは驚いたんじゃないかなあ。

 聡子さんのフォローも苦しい。

「そ、そうしょげることありませんよ。私だって懸垂は二回が限界で……」

「一回でもできる時点で、アタシたち以上でしょ?」

「――そこまでよッ!」

 ところがNOAHの内紛は、第三者の一喝によって遮られたの。

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