第222話
聡子さんがおろおろとフォローを入れようとする。
「お、おふたりもこれからですよ! リカさんや咲哉さんの相乗効果で今に……」
「そうよ! それにファンの人数なんて、単なる目安なんだから、うん」
「自分は五千人じゃフォローになってないわよ、杏ちゃん」
杏さんは心配そうに宥めてくれるも、咲哉ちゃんの一言は手厳しい。
暫定一位のリカちゃんは冷たかった。
「放っときゃいいって。ここで座り込んでる分には大丈夫なんだから」
私と奏ちゃんはちっぽけな自棄を起こす。
「いいもん、いいもん。私、リカちゃんじゃなく杏さんのファンクラブに入ろっと」
「じゃ、あたしは咲哉のファンクラブに……聡子さーん、特典ってどんなの?」
「プライドごとアイドルの生き様まで捨てないでください」
NOAHに亀裂が入ったかもしれない一日だった。
☆
心身ともに疲れた時は、部屋に飾ってあるタメにゃんのぬいぐるみで遊ぶ。
普段は『クールな朱鷺宮奏』で通ってるけどね。あたしだって、作曲が上手くいかなかったり、練習でバテたりするのは当然でしょ? そんな自分を鼓舞するためにも、こいつ――タメにゃんとのスキンシップは欠かせないのよ。
タメにゃんは大人気の遊園地、エンタメランドのマスコット。
でも、このぬいぐるみは市販されてなかった。アイドルデビューのお祝いとして、伊緒が丹精込めて作ってくれたの。
これはもう市販のぬいぐるみの十倍……ううん、二十倍は可愛いわね。
おかげで、わたしはすっかりタメにゃんに心奪われてた。声優業で培ったスキルも駆使して、ひとり二役を演じ、ファンシーなトークを盛りあげる。
「気にすることないヨ、奏ちゃん。ファンクラブの人数だけがすべてじゃないサ」
「そ、そうよね? ちゃんとひとりひとりのファンを大事にするべきで……」
お部屋にはあたしだけ、だから大丈夫。
「奏ちゃんも無理しちゃだめだヨー。結依ちゃんが倒れた時は、ボク、ほんとにもぉびっくりしたんだかラ」
「セーブはしてるってば。ご飯もしっかり食べてるし……」
パートナーのタメにゃんと語らいながら、あたしは頬杖をつく。
「でも、もっと頑張らなきゃって気持ちもあるのよ。聴いたでしょ? 咲哉の新曲」
「霧崎タクトが作曲したんだよネ。すごいナ~」
NOAHの楽曲の『RIGING・DANCE』は藤堂さんが、『ReStart』は霧崎さんが手掛けたものだった。『湖の瑠璃』はまだどうなるかわからないけど、NOAHのファーストアルバムにこの二曲は確実に収録される。
あたしが作曲した『ハヤシタテマツリ』や『お節介なFriend』と一緒にね。
けれども、あたしの曲はまだまだ粗が多かった。自信作ではあっても、それはあくまであたし個人にとっての話。藤堂さんや霧崎さんのレベルには届いてないの。
とりわけ驚いたのは、『ReStart』が歌う分には決して難しくないこと。
あたしだったら、少なからず自慢の歌声を活かす構成にするところよ。しかし霧崎さんは歌い手(昔は聡子さんで今は咲哉ね)の技量を鑑みて、無理のない楽譜を書いた。
そうやって楽曲のレベルを下げた――はずなのに、抜群に聴き応えがあるのよ。音痴の咲哉でもすぐメロディに馴染めたくらいにね。
それに比べて、あたしの曲はテクニックをごり押しするばかりで……。
正直な話、自分の未熟さを思い知らされちゃったわ。ファンクラブの会員数がメンバーの中で一番少ないのも、頷ける。
「元気出していこうヨ。もう何曲か、採用は決まってるんでショ?」
「……うん。やるしかないわね」
あたしはタメにゃんを持ちあげ、じっと見詰めあった。
「アイドル活動もネ! お兄ちゃんもCD買ってくれたんだから、サインくらい」
「お兄ちゃんは関係ないでしょ? あんなの、ただのシス――」
ところが不意に視線を感じ、全身が強張る。
恐る恐る振り返ると……少しだけドアを開け、部屋の中を覗いてるメンバーがいた。結依とリカで、しかもリカはハンディカメラをまわしてる。
「あっれぇー? 奏、お兄さんのことは『アニキ』って呼んでなかったっけ?」
「ほんとは『お兄ちゃん』なんだねー」
羞恥心が燃えあがって、爆発!
「ちちっ違うってば! 今のはタメにゃんがそう言ったから、話の流れで……ねえっ?」
結依とリカは笑いを堪えつつ、声を重ねる。
「ぬいぐるみとお喋りとか、しちゃうんだ? せーのっ」
「「か~わ~い~い~!」」
も、もう顔から火が出そうだわ……。
あたしはタメにゃんを脇に置き、じりじりと間合いを詰めていく。
「決めたわ。あんたたちを殺して、あたしも死ぬ」
同じだけ結依たちはあとずさった。
「NOAHのメンバー間で殺人事件はマズイでしょ? 奏ぇ……」
「し、心配しないで? さっき撮ったのを流すかどうかは、聡子さんが決めるから」
「それを流出確定ってゆーのよッ!」
はこぶね荘では今夜、血の雨が降るかもしれない。
あとアニキのこと『お兄ちゃん』なんてふうには呼ばないからね、断じて。
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