第221話
「補習のはず……なんだけど。センセーたちの間でアタシの補習はズルいって、揉めたらしくってさあ? 補習は特別にナシになったの」
「補習の相手が玄武リカじゃあね」
奏ちゃんが呆れるのも当然のこと。うちの先生たちには幻滅だよ……。
むしろ玄武リカと補習でお近づきになろうとして、試験を難しくしたんじゃ?
「杏さぁ~ん! 先生とリカちゃんをギャフンと言わせたいので、勉強見てください」
「も、もう少し純粋な気持ちで取り組めないの?」
NOAHは今日も解散の危機を迎える。
マネージャーの聡子さんは複雑な表情で溜息をついた。
「まあ結依さんは体調を崩したばかりですし、無理はしないでくださいね。大丈夫、数学以外は許容範囲ですから」
「はい……とほほ」
不甲斐ないセンター、ここにあり。
今日のラジオ『NOAHチャンネル』では、私が咲哉ちゃんをお迎えする。
「こんばんは~! 御前結依です。そして今日の相方は……」
「えぇと……九櫛咲哉です、うふふっ」
ミュージックプラネットで咲哉ちゃんのNOAH入りを発表してからというもの、世間は咲哉ちゃんの話題で持ちきりだった。このラジオにも応援や質問のメッセージがたくさん届いてて、九櫛咲哉の復帰は大反響。
「ラジオは初めてだから、どうにも勝手がわからないわね」
「すぐに慣れるよ。杏さんだって最近は大分、柔らかくなってきたもん」
「それじゃ、杏ちゃんがお硬いみたいに聞こえるわよ?」
その咲哉ちゃんが登場するんだから、今日はたくさんのファンが聞いてるはず。
みんなのためにも、この三十分でたくさんお喋りしなくっちゃ。
「いっぱい質問が来てるんだよ。まずはこれ、『例のジャージは何色ですか?』って」
「マネージャーがもう緑色を使ってたから、赤色よ。みんなでお揃いのジャージ着て、何か企画もやってみたいわ」
「うんうん。みんなでテニスとか?」
ファンからの質問は山ほどある。
「次は……『NOAHのメンバーと初めて会った時のことを教えて』だって」
「確か結依ちゃんとは、社長室へ一緒に行ったのが、そうじゃなかったかしら? あのあと、わたしは社長とステージ衣装のこと相談してたのよ」
「あの時はまだリカちゃんや杏さんと組む前だったし、まさか一緒にアイドルやることになるなんて、夢にも思わなかったなあ」
「わたしもよ。ひとの縁ってどうなるか、わからないわね」
この一ヶ月、咲哉ちゃんとはずっとレッスンしてきたけど……こうして一緒にお仕事してると、本当にNOAHの仲間になったんだって、ひしと実感する。
きっとファンのみんなも同じこと思ってくれてるよね。
誰もが心待ちにしてた、九櫛咲哉の復帰。
「これは多いよ。『活動休止の間は何をしてたんですか?』っていうの」
「お知り合いのブティックでお手伝いしながら、デザイナーの勉強を進めてたのよ。クレハ・コレクションには落選しちゃったんだけどね」
「一緒に見に行ったんだよね、私と」
いずれ背中の傷のことも話さなくっちゃいけないんだろーなあ……。でもファンに嘘をつきたくないって、咲哉ちゃんは覚悟を決めてた。
「――それではNOAHより『ReStart』、お聴きください」
しばらく新曲にバトンタッチして、一息つく。
スタッフさんがジェスチャーで『OK』と合図をくれた。手応えは上々。
咲哉ちゃんが嬉しそうに微笑む。
「さすが結依ちゃんね。まるでファンのみんなと一緒にお喋りしてるみたいだわ」
「そお……かな?」
「うふふ。自覚がないほうが、結依ちゃんらしいかもしれないわね」
私も成長してるってこと?
聡子さんも言ってたっけ、『焦らなくていいんです』って。
こうやって楽しい時間を過ごしてると、それが少しわかる気がした。
だけど寮へ帰るや、私はずどんと落ち込むことになるの。
今回は奏ちゃんと一緒にね。いつもの位置で、膝を抱えて……。
「聞いた? 結依。咲哉のファンの数」
「……聞かなきゃよかった」
聡子さんが珍しく興奮気味にまくし立てる。
「この数日のうちに九櫛咲哉ファンクラブの会員数が、二千人を突破ですよ! やっぱり待ってくれてるファンが多かったんでしょうね」
なお現在のトップは玄武リカの六千人で、その次が明松屋杏の五千人。
「すっごいスタートダッシュよね。まだ増えてってんでしょ?」
「来月には追い抜かれちゃってそうだわ」
雲の上の会話に聞こえるよ……。
話題の咲哉ちゃんは恥ずかしそうに小首を傾げる。
「じきに勢いも落ちるはずよ。ふたりもこれからの活躍次第で、また増えるでしょうし」
「ほかのみなさんもチャンスですよ! この追い風に乗って……あら?」
目線が雲の上ラインだった聡子さんが、やっと私たち『膝抱え隊』に気付いた。
「咲哉ちゃんってば、もう会員数が三千人なんだってぇー」
「それよりリカよ、リカ。ろくせんにんって……」
私と奏ちゃんはずぶずぶと沈んでいく。
「私、今週でやっと千三百人になったんだよ。杏さんの……四分の一くらい?」
「さっすがリーダー、すっごーい。あたしより二百人も多いじゃない」
奏ちゃんの棒読みに至っては、ついに杏さんの域に達した。
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