第212話

 そして翌日。学校から帰るや、杏さんが咲哉さんを自分のお部屋へ引っ張り込む。

「どれを着ていくべきかしら? こっち?」

「う~ん……これなら、わたしのスカートと合わせたほうがよさそうね」

「今日だけ貸して!」

 超絶美形の霧崎タクトに会えるからって、おしゃれに余念がないの。

 これも去年、藤堂さんの時に見た光景だなあ。リカちゃんは無理に諭そうとせず、早くも杏さんの自爆を確信してた。

「どうせ、その場で恋人が発覚したりすんのよ。霧崎タクトももう二十五か六だし」

「いないほうが不自然よね。ファンには悪いけど」

 恋愛に関しては奏ちゃんもドライ寄り。

 出発の時間ぎりぎりになって、やっと杏さんがドレスアップを終えた。咲哉ちゃんと一緒に慌ただしく車へ乗り込む。

「お待たせしてしまって、ごめんなさい! 聡子さん」

「……まあ、いいですけど」

 なんだか今日に限って、聡子さんの歯切れが悪かった。

 車は後ろの荷台スペースを座席に切り替え、六人乗りに対応してる。助手席は私の定位置で、聡子さんの運転の邪魔にならないよう、黙ってることが多い。

「どう? リカ、奏。変なところない?」

「「頭」」

「ヘアスタイル? どのへん?」

 リカちゃんも奏ちゃんもキッツイなあ……。

 しばらくして、私たちはマーベラスプロ系列のスタジオへ到着した。VCプロもマーベラスプロの派生だから、よくタレントの仕事場が被るの。

 私は第二スタジオで撮影だっけ。今日は咲哉ちゃんが応援してくれることに。

「頼りにしてるね、咲哉ちゃん」

「ええ。出しゃばらない程度にはサポートするつもりよ」

 それから、奏ちゃんは杏さんとNOAHチャンネルの収録で……。

「杏がまともにMCできるかわかんないから、リカも来てくれない? 念のため」

「オッケー。フォローしてあげる」

 けれども当の杏さんはお仕事なんて、そっちのけ。

「みんな! 霧崎さんに失礼がないように、ちゃんとご挨拶するのよ」

「はぁーい……」

 私たちはお仕事の前から疲労でうなだれる。

 第一スタジオではCM撮影の準備が進められてた。主演の霧崎タクトさんはメイクを終え、物憂げに台本を読み耽ってる。

 その存在感は鮮烈の一言。

「あ、あれがそうなの? リカちゃん」

「輝きまくってるでしょ?」

 もうね、無造作に佇むだけでも王者の風格を漂わせてるの。アイドルウィキに『吐息は薔薇の香り』と書かれるのも、納得だった。 

 杏さんは陶酔しちゃってる。

「すごいわ……これよ、これ! じゃあ、わたしが代表してご挨拶を……」

 曲を作ってもらった咲哉ちゃんじゃなくて?

 と突っ込みたかったけど、今の杏さんに水を差す度胸はなかった。

「……ん?」

 霧崎タクトさんがこっちに気付き、台本から顔をあげる。

 そして一直線に歩み寄り、いよいよ杏さんとご対面――と思いきや。

「あっ、あの! ……え?」

 タクトさんは杏さんをスルーしつつ、聡子さんの左手をいきなり掴みあげた。

「聡子。お前、指輪はどうした」

 マネージャーの聡子さんは困惑の色を浮かべるも、拒絶しない。

「あれを嵌めてたら、行く先々で質問攻めにされるんですよ。どこの誰とだって……」

「まったく……。そのための指輪だろうが」

 話が見えず、私たちは呆気に取られた。あんぐりと口を開けっ放しにしてるの、杏さんだけじゃない。

 かろうじて私の口が動く。

「あ、あのぉ……聡子さん? もしかして……まさか、霧崎さんと……」

 聡子さんはがっくりと肩を落とした。

「……実は交際してるんです」

「ええええ~っ!」

 よもやの事実にNOAHのメンバーは仰天!

 リカちゃんさえ狼狽する。

「ちょちょっ、どういうこと? なんで聡子さんが?」

 一方で、タクトさんは眉ひとつ動かさなかった。

「詳しい話は聡子に聞け。で……NOAHが勢揃いで、どうした」

「作曲の件で、お礼に伺ったんですよ」

 あ……要件なんて、もう忘却の彼方だったよ。

 半ば放心してる杏さんの脇を抜け、私と咲哉ちゃんが前に出る。

「素敵な曲をありがとうございました。急に使うことになったのに、調整までしてもらってるみたいで……えぇと」

「構わん。RED・EYEの曲に比べたら、簡単だろう」

「はい。わたしでもすぐに馴染めましたから」

「ならいい。あとはお前たちの力で、名曲に仕上げてくれ」

 タクトさんは聡子さんに意味深な一瞥をくれると、お仕事へ戻っていった。

 奏ちゃんはほうと感心する。

「さすが一流、言うことも違うわね。私たちの力で仕上げろ、か……」

 咲哉ちゃんも尊敬の調子で口を揃えた。

「こっちが勝手に昔の曲を引っ張り出したようなものなのにね。品格が違うっていうのかしら……単に人気があるだけじゃないんだわ」

 タクトさんの貫禄に感服しつつ、全員で聡子さんを取り囲む。

 杏さんの怒号が弾けた。

「聡子さんっ! 洗いざらい説明してもらいますよ!」

「ま、待ってくださいったら……これはその」

 今回ばかりは聡子さんも浮足立ち、あたふたと眼鏡を押さえに掛かる。

 構わず、私たちは一斉に前へ詰めた。

「さ・と・こ・さ・んっ!」

「い~や~!」

 近いうちに根掘り葉掘り聞いてやろうっと。

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