第211話
でも女子高に入ってからはすっかりご無沙汰だった。コイバナさえできれば女の子同士の恋愛でも――ひとによってはそれくらい飢えもするのかな?
リカちゃんが図星を突くも、杏さんは開きなおる。
「よーするに、杏はコイバナで女子会っぽく盛りあがりたいだけでしょ?」
「ええ、そうよ。悪いっ?」
そんな杏さんの傍ら、奏ちゃんがケータイで誰かに電話を掛けた。
「もしもし、シンジ? あーうん……今ね、メンバーとコイバナしてるんだけど。マリとナオヤってあれからどうなったの? うん……うん……えっ? あいつ、この期に及んでまだ、そんなこと言ってるわけ?」
私たちは押し黙り、奏ちゃんの報告を待つ。
「赤の他人のつまんない話ならあるけど。聞く?」
「……やめとく」
とりあえずNOAHがラブソングを歌うのは時期尚早だってことは、わかった。
聡子さんが一階まで降りてくる。
「みなさん、明日の予定はご存知ですよね?」
「はーい」
明日は私が広告用の写真撮影で、杏さんと奏ちゃんはラジオの収録……っと。
「リカちゃんはお留守番?」
「ん~、それもいいけど……観てない映画もあるし」
放課後はオフらしいリカちゃんに、聡子さんがやんわりと告げる。
「いいえ、明日はリカさんにも来て欲しいんです。新曲の作曲者のかたが同じスタジオでお仕事ですので、NOAHの全員でご挨拶を、と思いまして」
「それって、咲哉の持ち歌ですか?」
「はい。RED・EYEの霧崎タクトさんです」
その名前を聞くや、杏さんの『夢見る乙女モード』に火がついてしまった。
「霧崎タクトって、あっ、あのアークエンジェルのっ?」
瞳が危ない色でキラキラしてる……。
強烈なデジャヴを感じ、私とリカちゃんは溜息を重ねあった。
「はあ……再発だね、リカちゃん」
「もう恋はしないんじゃなかったのぉ~?」
初めて藤堂旭さんに会った時も、杏さんは舞いあがっちゃって、この調子だったの。その時は藤堂さんを男性と思い込んでたんだけどね。
RED・EYEの霧崎タクトは自ら『大天使』を名乗り、ビジュアル系アイドル男子のトップに君臨してる。杏さんの乙女心を刺激するのも、当然といえば当然だった。
リカちゃんが声を張り、私たちの心構えを問いただす。
「結依! アイドルにとって男の子はっ?」
私は背筋をぴんと伸ばして、はきはきと答えた。
「ジャ、ジャガイモです!」
ほかのメンバーも即答で続く。
「奏! 男の子は?」
「ジネンジョでぇーす」
「咲哉っ! 男の子は?」
「そうねえ……長ネギ?」
NOAH小隊のしっかり訓練された統率ぶりに、聡子さんは呆れてた。
「みなさん、ファンには男の子だっているんですから……」
「それとこれとは話が別よ。NOAHがイケメンアイドルと懇意なんて話になったら、男の子も女の子も離れていっちゃうでしょ?」
これはリカちゃんのが正論。
アイドルが美男子と絡み始めたら当然、ファンの男の子にとっては面白くない。またイケメンアイドルのファンにとっても、お邪魔虫と思われるわけ。
杏さんは負けじと癇癪を起こす。
「何よっ? 彼氏がいる女の子だって、アイドルが好きだったりするでしょう?」
納得するのは奏ちゃん。
「そう言われると確かに……彼氏に遠慮して、イケメンアイドルを視界に入れないなんて極端な話は、聞いたことがないわね」
「そういうこと。むしろ憧れるくらいでないと、ラブソングも歌えないの」
味方を得た杏さんの勢いは、留まるところを知らない。
聡子さんの溜息が落っこちた。
「そんなにいいものじゃありませんよ、タクトくんは……」
まるで霧崎タクトを知り尽くしてるような口ぶりに、私は首を傾げる。
「じゃあ、明日はみんなで霧崎さんに挨拶を?」
「向こうも忙しいでしょうから、そんなに時間は取らせませんよ」
明日のスケジュールにひとつ案件が追加された。
RED・EYEの霧崎タクトかあ……。どんなひとなんだろ。
☆
以前は朱鷺宮奏とバンドを組んでいたドラマーの青年、シンジ。
「あいつがコイバナねえ」
珍しい相手と電話を終え、彼は再び夜道を歩き出した。
「さてと。夜食を調達して、帰るとすっか……ん?」
ところがその行く手を大きな人影に阻まれる。
ビキニパンツ一丁の巨漢を目の当たりにして、シンジは戦慄を禁じえなかった。
「な……なんだよ、おまえ?」
「グフフフ! このオレを知らんとは言わせんぞ? 小童め」
高校三年生のシンジを『小童』呼ばわりするだけの体格だった。胸筋は雄々しく膨れあがり、上腕筋や大腿筋もアートの域に達している。
何より目を引くのは、割れた腹筋と、それを覆わんばかりのギャランドゥ。
アイドルボディービルダー『バーバリアン』のリーダーにして、抱かれたくない男ナンバー1のアラハムキとは、まさしくその男のこと――である。
ただならないプレッシャーがシンジを金縛りに掛けた。身の危険を察し、シンジは必死にまくし立てる。
「まっまま、待て! オレが何をしたってんだ?」
ビキニパンツの男はやにさがった。
「美少女アイドルと電話とは許し難いやつめ。貴様の鼓膜に残ったアイドルの美声など、オレのギャランドゥの摩擦音で上書きしてくれるわ。食らうがいい!」
大きな手が伸び、シンジの顔面にアイアンクローを仕掛ける。
だが、それは予備動作に過ぎなかった。自分の下腹部にシンジの頭を横付けにして、縮れまくった剛毛を擦りつける必殺技こそが本命。
「ギャランドゥ・エクスプロージョン!」
「ぐああああ~~~ッ!」
新たなる都市伝説が幕を開けた、妖しい月の夜だった。
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