第213話

 杏さんと奏ちゃん、それからリカちゃんはラジオの収録へ。

 私は咲哉ちゃんに付き添ってもらって、第二スタジオで撮影に挑む。

「まだ五月なのに、もうアイスクリームの広告を作るんだね」

「これでも遅いくらいよ。梅雨明けには市場に出まわってないといけないもの」

 ファッションモデルの咲哉ちゃんはこの手のお仕事に詳しかった。テレビ出演においてはリカちゃんに一日の長があるものの、写真撮影のことなら何でもお任せ。

 小道具として、ハーゲンデッツの空箱がたくさん用意されてる。

「今のうちに少し練習しておきましょうか」

「うん。ええっと……」

 撮影が始まるまで、咲哉ちゃんの見様見真似で感覚を掴むことに。

 やがて本番となった。スタジオの中央には私がひとりで立ち、スタッフのみんなは遠巻きに見守ってる。

「一発で成功させようとか思わなくていいからねー」

「はい! よろしくお願いしまーす」

 NOAHのキービジュアルやグッズ用で撮影の経験はあったけど、今回のお仕事は勝手が違った。小さなアイスクリームとのツーショットだもん。

 咲哉ちゃんが監督に何か言ってる。

「とりあえず……あとで……」

「オーケー。じゃあ結依ちゃん、撮るよー!」

 いよいよ撮影がスタート。

 今までにもカメラを相手にすることはあったから、気後れはしなかった。カメラさんの指示に対応が遅れる場面はあったものの、パニックになるほどじゃない。

 だけど、監督さんの反応は今ひとつ。

「やっぱり硬いなあ……。初めてにしては、よく撮れてるんだが」

 私にとっても手応えは弱かった。

 ただカメラの枠に入るだけじゃだめなんだよ、きっと。私には決定的に足りない何かがあって、販促ポスターが画竜点睛とは行かないの。

「じゃあ、わたしがお手伝いしますので」

 そんな私のため、咲哉ちゃんがサポートに入ってくれた。

 顔の向きや手の位置を逐一、センチメートル単位で調整していく。

「目線はカメラに向けないで。アイスクリームの向こうを見詰める感じよ」

「余所見にならない?」

「大丈夫。やってみればわかるわ」

 ファッションモデルの咲哉ちゃんが言うんだから、間違いはない……はずだよね。

 そのアドバイス通りに撮影すると、スタッフの間で歓声が起こった。

「おおーっ! さっきと全然違うじゃないか、これ」

「さすが咲哉ちゃんだね!」

 経験不足の私のために、監督さんが前回と今回のショットを並べて、見せてくれる。

「ほら、結依ちゃんもよく見て。同じ場面とは思えないだろ?」

「あ……!」

 思わず私は目を見張った。

 ショットを構成してる素材は同じなのに、印象がまるで違うの。咲哉ちゃんが指導してくれたほうは、私の顔やアイスにピントがドンピシャで合ってる。

「……あれ? これ、ぼやけてませんか?」

「うふふ。それはどうかしら」

 アイスを手前に出しすぎてボケちゃってた一枚も、ほかの写真と合成すると、バースの効いたワンショットに。

 写真の特に注目するべきところを、咲哉ちゃんが指で指す。

「静止画って実は見た目ほど平面じゃないって、わかるでしょう? 奥行やアングル、位置関係……いわゆる『画面構成』ね」

 そんなの意識したことなかったなあ……。

 動画と違って、静止画は情報量が限られる。だからこそ、『一瞬』にすべてを凝縮するテクニックが要るんだね。

「カメラはちゃんと把握できてるから、結依ちゃんもすぐに慣れると思うわ」

「そ、そうかな……」

 改めて芸能界の奥の深さを知り、私は息を飲む。

 何気なしに目にしてる広告ひとつを取っても、本当は技術の粋を集めたものだった。新しい発見は嬉しいけど、経験不足を痛感させられ、不安にもなる。

 今日は咲哉ちゃんがいてくれてよかった。

「さあ残りも撮っちゃいましょ。頑張って、結依ちゃん」

「うんっ!」

 キャリアがない分、頑張らなくっちゃ!


                   ☆


『マネージャーに彼氏がいたなんて、本当にびっくりよ。ねえ? 杏』

『それって、言っちゃっていいのかしら……』

 トークの流れで暴露できたおかげで、少しはすっきりしたわ。

 わたし、明松屋杏は教室で刹那と一緒にランチタイム。刹那は豪勢なお弁当を突っつきながら、ぼやくように頷いた。

「ふぅーん。マネージャーが霧崎タクトと、ねえ」

「声が大きいったら」

「うちのクラスに情報を売ろうなんて子、いないわよ」

 SPIRALのセンターも忙しいはずなのに、学校には律儀に通ってる。成績のほうも上々で、もちろん下級生にとっては憧れの的。

 先月なんて、新一年生が廊下にずらっと並んで、お迎えしてたくらいよ? それが有栖川刹那には、ファンの応援よりも嬉しいんですって。

「残念だったわね、杏。霧崎タクトとお近づきになれなくって」

「そ、そういうつもりじゃ……」

「そんなふうにしか聞こえないけど?」

 まんまと図星を突かれ、こっちはぐうの音も出なかった。

 べ、別に恋愛対象とみなしてたわけじゃないの。憧れる気持ちってあるでしょう? それに……少しは結依の気を引けるかもって思ったの。

 結依には『彼女』がいた――男の子じゃなくって安心したのも束の間、その存在はわたしに疑惑と不安を与え続けてる。

 まさかヨリを戻したりなんてこと……。

 結依の学校にはリカもいるから、大丈夫よね?

 刹那が肩を竦める。

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