第210話
さらに小春ちゃんは美香留ちゃんのと同じ会員証を取り出し、見せつける。
「小春ちゃんも会員だったんだ? 御前結依ファンクラブの……」
「当然ですよ。リカさんのも持ってます」
同じファンの言葉だからこそ、美香留ちゃんは反論できなかった。
「少なくとも私は、御前さんや玄武さんとの関係は弁えてるつもりですよ。ミーハー根性で自分の欲求だけ満たそうとは思いません。だって、本気で応援してるんですから」
私やリカちゃんは感銘を受ける。
「小春ちゃん……」
「そんなふうに考えてくれてたのね」
聡子さんも言ってたの。アイドルとファンはインタラクティブ(相互作用的)な関係であるべきだって。ファンの応援があってこそ、アイドル活動は成立するんだもん。
俄かファンを一時的に増やしても意味がないのも、このためだった。
ところが美香留ちゃんは御前結依のファン第一号を自負しておきながら、アイドルとファンの境界線をいきなり踏み越えようとしてるわけ。
夏樹ちゃんが口を挟む。
「結依は大変な時期なんだよ。せめて夏まで、静かに見守る……ファンってんなら、それくらいの配慮があってもいいんじゃねえか?」
論破されたうえにフォローまでされ、美香留ちゃんはがっくりと頭を垂れた。
「わたしが浅はかでした……ごめんなさい、結依センパイ」
罪悪感が私を駆り立てる。
「そ、そんな! 美香留ちゃんがファンになってくれて、嬉しいよ? 私」
苦し紛れでもフォローせずにはいられなかった。
美香留ちゃんの小顔にあどけない笑みが戻る。
「ほんとですかっ?」
ひとつ年下の元カノはまた祈るようにして、私を一途に見詰めた。
「じゃあ、今日のところは引きさがりますけど……わたし、応援してますから!」
「うん、ありがと。また連絡するね」
何度も振り返りつつ、可愛い嵐が遠ざかっていく。
リカちゃんは嘆息交じりに肩を竦めた。
「結依に会うなり『付き合って』だなんて。なんなの? あの子」
「多分、結依と同じ中学出身だろ」
聞き耳を立ててたらしいクラスメートも、何やら囁きあってるような……。
「……はあ~」
私は壁にもたれ、うなだれるほかなかった。後ろめたくて気が重いの。
元カノに『ヨリを戻そう』と迫られて、返事もできず……だからって、小春ちゃんに言い包めてもらったんだよ? 美香留ちゃんの気持ちをないがしろにした自覚はある。
「夏樹ちゃん、さっきはありがとね。美香留ちゃんのこと」
「ん? なんかしたっけ?」
とぼける夏樹ちゃんを、小春ちゃんが労う。
「最後に美香留さんをフォローしたことですよ。あれがなかったら、上級生で新入生ひとりを追い詰める形になって、後味が悪かったと思います。私も少し言いすぎてしまったかもしれませんし……」
「あー、まぁなあ」
夏樹ちゃんってぶっきらぼうだけど、そういう気配りはできるんだよね。
「それよりお弁当食べよ、結依。お昼休みが終わっちゃうってば」
「あっ! そーだ、忘れてた」
お昼ご飯の途中だったのを思い出す。
だけど、気分はもうランチどころじゃなかった。一ヶ月ほどの交際とはいえ、昔の『恋人』と再会しちゃったんだから。
これが御前結依のスキャンダルにならないことを祈る。
「結依の……昔の恋人ぉ? 学校で再会?」
はこぶね荘にて、杏さんが素っ頓狂な声をあげた。
「ききっ、聞いてないわよ? 結依! あなたに彼氏がいたなんて……」
奏ちゃんは冷静に情報を分析する。
「落ち着きなって、杏。結依の学校も女子高でしょーが」
「……え? えっ?」
どこぞのプレイガールはソファーの上で蹲り、頭を抱えた。
「何からどう説明すればいいのかな……ええっと」
咲哉ちゃんが平然と問題の根幹に触れる。
「女の子同士ということね。男同士があるくらいだもの、別に変じゃないわ」
「咲哉ぁ……それ、ファンの前で絶対に言っちゃだめなやつよ?」
リカちゃんからストップが掛かったので、怪しいお話はナシの方向で。
「でもまさか、結依の元カノが同じ高校に入ってくるなんて……。結依ってば、あーいう感じの女の子が好みなワケ?」
「どうかなあ……可愛いとは思うけど」
美香留ちゃんとのデートを思い出しながら、私は腕組みを深める。
奏ちゃんは興味もなさげにかぶりを振った。
「この面子でコイバナなんて不毛なだけでしょ。止めにしない?」
「あら、わたしはもっと聞きたいのに……女の子同士って、ちょっと憧れるもの」
咲哉ちゃんが今、キケンなこと口走った気がする。
混乱してたはずの杏さんが、復活を果たした。
「今夜は長くなりそうね……みんな、パジャマに着替えたら、結依のお部屋に集合よ」
「なんで修学旅行のノリに持っていきたがるんですか……」
夢見がちなお姉さんは止まりそうにない。
「だって、コイバナよ? コイバナ! こんな貴重な機会を逃すわけには……」
確かに女子にとって、コイバナは大好物のトークだよね。私も中学生の頃は、誰が誰を好き、なんて話をよく耳にしたもん。
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