第209話

 美香留ちゃんの瞳が爛々と輝く。

「ファーストコンサートも最高でした! わたし、もう泣いちゃってぇ……」

「来てくれたの? ……あれ、でも二月十四日って」

 うちの高校、今年は二月十三日が新一年生の受験だった気がした。受験自体は終わってるにしても、美香留ちゃんには無理させたみたい。

「ありがと。また同じ学校の先輩後輩になったんだし、よろしくね」

「ハイッ!」

 昔の彼女と再会――なんてふうに構えちゃったのを、ちょっぴり後悔する。

 と思いきや、美香留ちゃんはさらにずいっと前に詰めてきた。

「そ、それで……結依センパイ。今日はお願いがあって来たんですけど」

 同じだけ私はあとずさる。

「……お願いって?」

「わたしともう一度、お付き合いしてくださいっ!」

 躊躇いもなしに爆弾が投下されてしまった。

 しかもお昼休みの廊下で。奇異の環視に晒され、私は口角をひくつかせる。

「え、ええと……美香留ちゃん、とりあえず落ち着いて……」

「落ち着いてなんていられません! 結依センパイに会いに来るのだって、ほんとは今日まで、ずっと我慢してたんですよ?」

 それも不思議だ、と今になって気付いた。

 美香留ちゃんの性格なら、始業式のあとには直行してきそうだもん。そうしなかったのは多分、私の二年一組には連日のように大勢のギャラリーが詰め掛けてたから。

 玄武リカをお目当てにして、ね。

 上級生がごった返す中、新入生が割り込むのは難しい。実際、一年生が覗き見に来るようになったのも、ゴールデンウィークが明けてからだった。

 それだけに、我慢してた分が爆発しちゃってる。

「結依センパイ、お返事はっ?」

「ま、待って? ここじゃちょっと……」

 しどろもどろになりながらも、こっちは後退を続けるほかない。

 そんな私と美香留ちゃんの間へリカちゃんが割って入った。

「はいはい、そこまで! こっちは次、体育だから、のんびりしてらんないのっ」

 しかし美香留ちゃんのほうも負けてない。

「二年一組の次の授業は英語です。誤魔化されませんよ、玄武リカさん」

「ちょっ、結依に何やってんのよ? あなた!」

 美香留ちゃんが私の右腕を取ると、リカちゃんは左腕を取った。片や愛くるしい後輩、片や美少女アイドルに引っ張られ、真中の私はたじたじに。

「ストップ、ストップ! リカちゃん、美香留ちゃんも喧嘩しないでってば」

「この子が結依に『付き合って』とか言い出すから!」

「お返事を聞こうとしてるだけです! 邪魔しないでください」

 ひとまず美香留ちゃんは手を放すも、リカちゃん相手に一歩も引かなかった。

「……わかりました。だったら玄武リカさんにも、私の、結依センパイへの愛の大きさを証明してみせます」

 強気にそう言ってのけ、お財布から一枚のカードを取り出す。

 それはNOAHのセンター、御前結依ファンクラブの会員証だった。けど、ただの会員証じゃない。なんと会員ナンバーが『1』なの。

 さしものリカちゃんも愕然。

「ウ、ウソでしょ……? 正真正銘の1番だなんて……」

「愛です」

 これは愛が大きいっていうより、重いよ……。

 美香留ちゃんは興奮気味に押してくる。

「結依センパイもわかってくれましたよね? わたしは本気なんです!」

「え、ええっと……」

 ファンクラブのナンバー1を無下にはできなかった。かといって交際をOKできるはずもなくって、私はうろたえる。

 そんな私を見かねてか、夏樹ちゃんたちが横槍を入れた。

「まあ待てよ、一年生。何もこんな公衆の面前で迫るこたぁねえだろ。それに結依にだって、都合ってのがあんだからよォ」

 夏樹ちゃんのヤンキー然とした風貌を前にして、美香留ちゃんの勢いも失速する。それでも口を尖らせ、なかなか諦めようとしない。

「なんなんですか? わたしと結依センパイの問題に口出ししないでください」

「そりゃまあ、私は関係ねえけど……小春、パス」

「わかりました」

 夏樹ちゃんに代わり、今度は小春ちゃんが前に出た。

「美香留さんでしたか。あなたは御前結依ファンクラブの会員ナンバー1である、と。その心に偽りはありませんね?」

 小春ちゃんと美香留ちゃんの間で火花が散る。

「もちろんですっ。この会員証に懸けて、ず~っと応援するって誓ったんですから」

 不意に小春ちゃんの口元が笑みを含めた。

「でしたら、誰よりもファンとして模範的であるべきではないでしょうか? 御前結依のファン第一号として、です」

 夏樹ちゃんがぱちんと指を弾く。

「小春の言う通りだぜ。ファン一号なら、節度ってのがねえとなァ」

「プライベートでもところ構わずアイドルに迫るようでは、到底ファンとは言えないんです。会員番号が1番なら、なおのこと……しかもあなたはたった今、その会員証で愛を証明したんですから」

 美香留ちゃんはぎくりとして、やっと後ろにさがった。

「う……」

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