第206話

「わかりやすいのはCMの数かしら。映画が放送される場合、地上波だと十五分置きにCMが入るけど、有料チャンネルは一気に見られるでしょう?」

「それこそアタシが言おうと……」

 業界の事情に疎い私でも、だんだん論点が掴めてくる。

 地上波のテレビって、私たちはタダで見てるよね? 番組はスポンサーから出資を受けて、番組を制作してるの。だから、あくまでお客さんはスポンサーってこと。

 一にも二にもスポンサーの意向が最優先で、指示のあったタレントを起用したり、CMをたくさん流したりするんだって。

 視聴者が関連商品を買うことで、初めてスポンサーの利益になる。

 地上波ではこのビジネスが何十年と続けられてきた。

 ところがIT革命を経て、次第にこれが通用しなくなってきたの。テレビを習慣で見る世代は高齢化しつつあるのに、若い世代向けのCMを流しても、ちぐはぐでしょ?

 その一方で、有料チャンネルはどんどん内容が充実していく。それもそのはず、お金を払ってるのは私たちだから、私たちに向けて番組を作ってくれるんだもん。

 また視聴者に選択の余地が増えたことで、浅はかな番組は通用しなくなった。現に地上波の番組は質の低下に加え、CMだらけの構成で、客離れがエスカレートしてる。

「ふぅん……じゃあ、時代は有料チャンネルってことですか?」

「今は住み分けを模索してる時期ね」

 リカちゃんはソファーの肘掛にもたれながら、かぶりを振った。

「たとえタダでもキョーミないテレビは要りません、ってね。地上波のほうはまだ、あと数年はゴタゴタするんじゃない?」

「そのへんは杏よりリカのほうが詳しそうね。かの子役だし」

 キャリアのうえでも知識のうえでも、NOAHの二強はやっぱり杏さんとリカちゃんかあ……。と思いきや、咲哉ちゃんが曝露する。

「杏ちゃん、さっきのお話、聡子さんに教えてもらったんでしょう? 前に話してるの、聞いちゃったのよ。うふふ」

「ちょっと、咲哉? 何もここで……」

 途端に顔色を変える杏さん。

 奏ちゃんとリカちゃんは目を細め、そんな杏さんをじとっと睨んだ。

「聡子さんの受け売りだったのね、全部。これで成績が六位、ねえ……」

「結依の前だと、そーやってカッコつけたがるんだから」

「く……」

 三対一で追い込まれる杏さんの運命やいかに。

 それはさておき、私はテレビのほうに目を向けなおした。ミュージックプラネットはスポンサーがレコード会社で、見るのも邦楽ファンだから、地上波でも安定してる。スポンサーと視聴者の嗜好が一致してるわけだね。

 月末の出演を踏まえて、しっかり見ておかなくっちゃ。

「今日はパティシェルなのね」

「詳しいの? 咲哉」

「奏? あなた、ポップスは聴いてるんじゃなかったの?」

 奏ちゃんはアイドルなのに、アイドル楽曲には疎いとこある。芸能人もあまり知らなくて、藤堂さんや鳳さんに『誰?』って危なっかしい反応をしたこともあった。

 咲哉ちゃんがテレビのアイドルに微笑みかける。

「お世話になってるブティックの、えぇと……妹さんが大のアイドル好きなのよ。去年は一緒に観音怜美子やSPIRALのコンサートを見に行ったわ」

 怜美子さんを『観音怜美子』と他人行儀に呼ぶってことは、面識はないのかな?

「推しのバンドのライブはよくマリと行ったけど。で……パティ、何?」

「パティシェルだってば」

 私たちはテレビに注目する。

 パティシェルはマーベラスプロの所属で、もとは『ロリータ系』を売りにした中学生のアイドルユニットだった。でも去年、中学三年生にして方針を『スイーツ系』へ変更。

 メンバーは三人ともお菓子作りのプロフェッショナルでね。その趣味を活かす形で活動し始めたら、どんどん人気が出てきたの。

 なんたって、スイーツは永遠のテーマだもん。

 メンバーがクレープを頬張るVTRが流れ、誰かが生唾を飲み込む。

 何気なしに咲哉ちゃんが呟いた。

「スタイルの維持はどうやってるのかしら……お仕事で作っては食べて、なのに」

 杏さんとリカちゃんは神妙な面持ちでテレビを見詰める。

「アイドルならではの秘密のダイエット法があるんだわ、きっと。コンタクトを取る必要がありそうね……」

「仕事で一緒になったら、アタシが声掛けてみるわ。杏は脇を固めて」

「了解よ」

 私と奏ちゃんの溜息が重なった。

「リカちゃんはまだしも、杏さんまで……」

「うちのキャリア組はどうなってんのよ。まったく」

 NOAHで内輪揉めが勃発してる間にも、パティシェルの面々はステージに立つ。

『それでは歌ってもらいましょう! どうぞ!』

 ポップなメロディが流れ始めた。

 高校一年生にしては幼い印象の女の子たちが、可愛い仕草で踊りだす。


     恋はお砂糖のように 作詞:ツバサ・M


   シュガープラムが囁いた 恋が始まる予感

   夜空に浮かぶは 金平糖のお星様?

   教えてキスの味 ビターなチョコに背伸びして

   甘ぁいイチゴに口付けすれば ほらね

   迎えに来て 王子様 わたしの愛が溶けないうちに

   早く来て 来て 王子様 そのキスで蕩かして

   今夜はあなただけのスイーツに


 ぞおっと鳥肌が立った。

 奏ちゃんやリカちゃんは赤面しつつ我が身をかき抱く。

「かっ、かか……カユいカユいカユい~っ!」

 パティシェルの可愛すぎる歌には、咲哉ちゃんさえ口角を引き攣らせてた。

「さっき作詞の見せ合いっこしてたせいか、余計に……ゆ、結依ちゃんはどう?」

「多分、咲哉ちゃんと同じ……」

 曲がりなりにも自分で歌詞を書いたことで、感受性が鍛えられたのかも。今まで言葉の意味まで意識してなかった分は、確かにある。

「紅茶とかじゃなくって、ジュースでケーキを食べた場合の甘ったるさね」

 奏ちゃんの喩えがしっくり来た。

 ところが、杏さんだけはうっとりと悦に浸ってるの。

「とても素敵な歌じゃない……! いかにもアイドルらしくって」

 いつもの温度差にリカちゃんは嘆息する。

「はあ……。やっぱり杏の感性ってわかんないわ」

「でも杏さんの言うことも、わかる気がするよ? 私。NOAHにはまだこういうラブソングって、一曲もないもん」

 力の抜けきってた身体を起こしつつ、改めて私はパティシェルの舞台を眺めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る