第205話
「わたしは画像データで作ったの。手書きのほうが、と思って……」
「ペンタブね。なんだっていいわよ」
咲哉ちゃんは少し恥ずかしそうにノートパソコンをこっちに向けた。
INNOCENT・LADY 作詞:九櫛咲哉
夜風に●●●れたわたし 奪い来るのは●の使者
かぐや姫も●●●●じゃいられなかった だからLADYに
闇雲な●●ポーズには ●●●●でお返し
経験なんてない ●●しいだけよ
乙女●を見栄や●●で 着飾っては●●●して
INNOCENT GIRL もっと●●●なく
●●●●な女と思わせて 寝首を●●の
●●●●●●●● LADY もっと もっと●●●●に
「なんで黒塗り教科書みたいになってんのよ!」
奏ちゃんの悲鳴が木霊する。
杏さんやリカちゃんもぎょっとして、瞬きさえ忘れてた。
「え? ど……どういうことなの?」
「これだけ見ると、すっごい闇を感じるわね……」
咲哉ちゃんは苦笑しつつ、ファイルを開きなおす。
「ごめんなさい。間違えて、修正中の古いデータを見せてたみたいで」
今度はちゃんと綺麗な歌詞が表示された。
夜風にさらわれたわたし 奪い来るのは月の使者
かぐや姫もGIRLじゃいられなかった だからLADYに
闇雲なプロポーズには 無理難題でお返し
経験なんてない さかしいだけよ
乙女心を見栄や理屈で 着飾っては誤魔化して
INNOCENT GIRL もっとあどけなく
無邪気な女と思わせて 寝首をかくの
INNOCENT LADY もっと もっとしたたかに
「う~ん……」
評価に困って、私は間を取るように唸る。
ほかのメンバーも同じ表情だった。
「なかなかイケてるとは思うんだけどさあ……どうしても、さっきのアレがね」
「同感……夢に出そうだわ」
当の本人はけろっとしてるから、温度差がすごい。
「やあねぇ。ちょっと間違えただけじゃないの」
「とりあえず歌のほうはアレでも、作詞のセンスは悪くないってことはわかったわ」
咲哉ちゃんの作詞データを回収し、奏ちゃんは最後に私を見据えた。
「あとは結依ね。そっちはノートに書いてるんだっけ?」
「うん。じ、じゃあ……」
今までの作品とコメントの応酬を思うに、私の歌詞も大概かもしれない。それでもNOAHのセンターとして、退くわけにはいかないの。
アイドルボンバー 作詞:御前結依
ワン・トゥー・スリー アイドルパワー全開で行こうよ
メインステージはキラキラ 流れ星がびゅんびゅん
チカラ漲って 爆発ボンバー!
もっとキラキラ 果てまでびゅんびゅん
お月様まで届け 私たちの歌声
センキュー!
みんなの口数が急に少なくなる。
「……あー、うん。結依っぽくていいんじゃない?」
「テーマは『アイドル』ということね。まあ、これはこれで……」
リカちゃんや杏さんは苦しいなりにフォローしてくれる一方で、奏ちゃんは容赦なしに突っ込んできた。
「爆発とボンバーって、同じ意味よね?」
「わたしは最後の『センキュー』が好きかしら。うふふっ」
まともに作詞できてる咲哉ちゃんに褒められるのも、キツイなあ……。
「っと、そーだった!」
リカちゃんが前のめりになってリモコンを取る。一拍の間を置き、テレビに映像が浮かびあがってきた。
きょとんとする杏さんに奏ちゃんが突っ込む。
「何を見るの?」
「しっかりしてよ、杏……ミュージックプラネットの時間じゃないの」
地上波でオンエアされてる、音楽専門の番組なの。今月の下旬、NOAHはこのミュージックプラネットで新メンバーを発表するんだよ。
「地上波に出るのはドラマ以来よね。オジョキンの」
「杏は出てなかったけどねー」
まだまだアイドルとして未熟な私は首を傾げた。
「ねえ、杏さん。地上波と有料チャンネルって、具体的にどう違うんですか?」
「それはね」
杏さんが俄かに声を弾ませる。
だけど先に口を開いたのは咲哉ちゃん。
「番組にとってのお客さんが誰か、という話よ。地上波はスポンサーからお金をもらってるから、当然お客さんはスポンサー、でしょう?」
奏ちゃんも相乗りするように教えてくれた。
「そうそう。その点、有料チャンネルは視聴者がお金を払うわけだから、視聴者イコールお客さんになるわけ。もちろんスポンサーがついたりもするけどね」
立て続けに出番を奪われ、杏さんは拗ねる。
「わたしが結依に教えてあげようと思ったのに……んもう」
「あ、杏さんからもぜひ聞きたいなあ~」
私のフォローはわざとらしくなっちゃったものの、これひとつでお姉さんの機嫌はころっとよくなった。得意げに人差し指を立て、リカちゃんに釘を刺す。
「しょうがないわね、ふふっ。説明するんだから邪魔しないでよ? リカ」
「う。杏に先手取られるなんて……」
地上波と有料チャンネルについて、杏さんのミニ講義が始まった。
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