第204話

 いつものことだから、私ももう慣れちゃった。適当に流すのが一番。

「まとめて提出するから、作詞のデータはこっちにちょうだい」

「え? 私とリカちゃんはノートに買いちゃったよ?」

「そんな爆弾作ったわけ? まあいいけどね……」

 準備が整ったところで、いよいよ作詞の発表会が始まった。

 一番手に名乗りをあげたのはリカちゃん。

「アタシだって、ちゃんと書いてんのよ? 杏の度肝を抜いてあげる」

「はいはい。えぇと……これね」

 名家のお嬢様だけあって、達筆なのが羨ましい。


     LOVE・PASSION   作詞:玄武リカ


   LOVE LOVE PASSION シゲキを求めて

   NEEDでYOUなの ひとりにしないで

   WANT YOU WANT YOU

   LOVE LOVE LOVE

   PASSION WANT YOU LOVE!


 ほんと達筆で……アルファベットの筆記体がね。漢字に至っては一文字しかなかった。

 杏さんがじとっと視線に含みを込める。

「手抜きもいいとこじゃないの。やる気ないでしょう、あなた」

「はーい。ありませぇーん」

 リカちゃんは気怠そうにソファーへ埋もれ、白状した。

「そんなことだろーと思ってたわよ、こっちも。テーマは一応、恋愛?」

「ラブソングってこんな感じでしょ?」

 ラブとウォンチューは押さえてるから、間違ってはない……よね。

 杏さんが咳払いで仕切りなおす。

「こほん。じゃあ次はわたしの番ね。といっても、あまり自信はないんだけど……」

 その言いまわしには違和感があった。優等生肌の杏さんのことだから、リカちゃんに対抗して『お手本を見せてあげるわ』くらい言いそうなのに。

 私たちは固唾を飲んで、杏さんの作品を読む。


     エンドレスコード   作詞:明松屋杏


   La La La……La La La……

   風が凪ぐ 鳥がさえずる

   たなびく白い雲 蒼穹の果てには何がある

   Lu Lu……Lu Lu……

   光満ちる世界 美しいと称える者がいなくても

   La La La……

   La La La La La……


 今度はリカちゃんの視線が脂っこくなった。

「杏さあ……歌詞が思いつかないからって、ララだのルルだのって……」

 杏さんは赤面しつつ、弁解にもならないことをまくし立てる。

「こ、これはれっきとした技法なのよ? 下手な言葉を無理に並べるんじゃなくって、相手の心に訴えかけようっていう……」

 それを奏ちゃんの嘆息が遮った。

「L女で二年以上過ごしてる杏先輩なら、もっとハイレベルなのを披露してくれると期待してたんだけど……。タイトルの通り『エンドレス』になってんのが、また」

「かえって考えすぎたのが、いけなかったんじゃないかしら」

 咲哉ちゃんはにこやかに原因を言い当てる。

「きっ、曲もないのに、先に作詞だけできるわけないでしょう?」

「カフェで奏ちゃんが言ってたやつですよ、それ」

 こうしてキャリア組のリカちゃん、杏さんは早々と不発に終わった。おかげでハードルが下がったから、私としては助かるかな。

「で、テーマは何なのよ? 杏ぅ」

「……心象風景、とでもしておいてちょうだい」

 リカちゃんに追い討ちを掛けられ、杏さんはしょぼくれる。

「まったくもう。普段からポップスを聴いてれば、こんな課題、どうってことないの」

 次は奏ちゃんがノートパソコンを私たちに向け、渾身の作詞を披露した。


     聖域(サンクチュアリ)に花束を 作詞:朱鷺宮奏


   ブーケになれなかった花束

   ウェディングベルは宣告(タイムリミット)のように

   激情(パトス)燃やして 駆け出す乙女

   一角獣(ユニコーン)よ今こそ 私だけの天馬(ペガサス)となれ

   BREAK OUT 解き放て

   アグレッシヴな相性(マリアージュ)を 信じて


 杏さんが率直に尋ねる。

「ねえ、奏……どうして漢字を横文字で読ませたがるの?」

「この『宣告』を『タイムリミット』って読ませるとか、無理なくない?」

 リカちゃんも冷静なままに呆れてた。

 奏ちゃんは悔しげに口ごもる。

「そ、そーいうもんなのっ。ストレートにあざといほうが、世間には受けるんだから」

「とりあえずカッコいいのはわかるよ、なんとなく」

 そうフォローしつつ、私は正直な感想を胸に仕舞い込んだ。 

 ――意味はわかんないけど。

 奏ちゃんは反論を諦め、咲哉ちゃんへバトンタッチ。

「次よ、次! 咲哉も書けてるんでしょ?」

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