第192話
奏ちゃんは得意げに言ってのける。
「だからね? あたしはNOAHに入って、とことん暴れてやるつもり。リカや杏の人気に乗っかって? 結構なことじゃないの。存分に『踏み台』にしてあげる」
その言葉はやっぱり自嘲の笑いで遮られた。
「……なーんて、ね。ほんとは結依たちに申し訳ないな、とも思ってるのよ。だけど……あいつらと一緒に演るのも、きっと楽しいだろうから」
楽しいから演る――なるほどね。
それはわたしのファッションにとっても出発点だった。その出発点だけは、見失うことはあっても、決して自分を裏切ることはないの。
「そろそろ会場に入りましょ。……あ、結依たちには見つからないようにね」
「ええ。今日はファンとしてNOAHの応援に来たんだもの」
わたしと奏ちゃんはチケットの指定通りに席を見つけ、腰を降ろした。
ほかのお客さんも期待を膨らませてるの、雰囲気でわかるわ。
それもそのはず、NOAHはまだ全貌を明らかにしてなかった。ドラマのエンディングテーマに『歌:NOAH』とある程度で、色んな推測が飛んでるのよ。
この歌声は明松屋杏だとか、ドラマに出演してる玄武リカもいるとか。その真偽を確かめるべく、ファーストコンサートにして二千人ものお客さんが集まってる。
やがて開演の時間が迫ってきた。
……だけど、アナウンスのひとつも入ってこない。
奏ちゃんがぽつりと呟いた。
「妙な空気ね」
何やら不穏なムードが漂い始める。
「――盗作っ? え? でも作曲は藤堂旭だって……」
「オリジナルを藤堂旭が流用して、NOAHに流したって話!」
わたしと奏ちゃんはともに顔を強張らせた。
「ちょ……もうコンサートが始まるって時に、何の話よ?」
中学時代の経験がわたしに黒い予感をもたらす。
「……仕組まれたんだわ」
悪い噂を流すのは、立場のある相手を陥れる際の常套手段よ。九櫛咲哉は男子を取っ替え引っ替えして遊んでる、ってふうにね。
「NOAHのファーストコンサートを失敗させてやろうっていう誰かがいるのよ。このタイミングで情報をリークするなんて、それ以外に考えられないでしょう」
「だけど、VCプロにはNOAHに競合するアイドルなんて……」
「VCプロの人間とは限らないわ。マーベラスプロの候補生が、NOAHに出番を横取りされた、なんてことを考えてるとしたら?」
自分でも怖いくらい、すらすらと言葉が出てくる。
お客さんは疑心暗鬼に陥ってた。その様子に目を細めつつ、奏ちゃんも推測する。
「罠に嵌めるにしては短絡的よね。稚拙っていうか……」
「あとのことまで考えてないのよ、多分。今だけ邪魔できれば」
動揺はすでに会場全体に行き渡っていた。
「この拡散の早さよ。おそらく犯人はひとりじゃないんでしょうね」
「吹聴するだけ吹聴して、トンズラ……か。やっぱり関係者?」
「藤堂旭が本当にデビュー曲に関わってるのなら、多分。デマがまったくのデタラメでもないから、結依ちゃんたちも出るに出られないのよ」
犯人たちは考えてないんだわ。一度でも他人を蹴落とす真似をしたら、未来は永久に閉ざされるんだってこと。そんなひと、誰も信用しないもの。
逆にわたしは、道を踏み外すことだけはしなかったおかげで、素敵な仲間に恵まれた。結依ちゃんにも支えてもらったわね。
じっとなんかしてられない。
「とにかく誤解を解かなくっちゃ。みん――んぐっ?」
しかし立ちあがるも、奏ちゃんに口を塞がれてしまった。
「落ち着きなさいってば。ここで九櫛咲哉が出張ったりしたら、余計に騒ぎが大きくなるでしょ。それこそ結依たちの邪魔に……」
「……ごめんなさい」
奏ちゃんの言う通りだわ。NOAHは今、危険な綱渡りを余儀なくされてるのに。わたしが勝手に先走って、その縄を揺らすわけにはいかない。
「信じるしかないわよ。あいつらを」
「ええ……」
わたしと奏ちゃんは口を噤んで、コンサートの開演を待った。願った。
照明は非常灯を残して消え、会場は真っ黒な闇に包まれる。
お願い……結依ちゃん!
その闇の中を、一本のスポットライトが走り抜けた。
ステージの中央を差し、煌びやかな恰好のアイドルを浮かびあがらせる。
わたしが作った衣装で――結依ちゃんはカウントを数えた。
『いくよ! ワン、ツー、スリー、Rising・Dance!』
俄かに音が溢れ返って、わたしの耳を驚かせる。
そのメロディに負けないくらいに、結依ちゃんの歌声が響き渡った。
冷えきった闇の中で 私のパトスが飢えていた
身体じゅうを巡る 生きてる証
それが二重に聴こえるのは、杏ちゃんが加わったからね。結依ちゃんと同じく可憐なステージ衣装で登場しつつ、美声のエコーを響かせる。
その熱さを伝えたくて 暗闇をかき分けた
目が眩むような光の波 私は飲まれてひとつになる
杏ちゃんに続いて、リカちゃんも満面の笑みを弾ませた。三人が揃って指差すと、虹色の光が波を打ち、わたしたちを飲み込む。
隣の奏ちゃんがいの一番にサイリウムを振った。
「これよ! これ!」
「きゃあ~っ!」
わたしも立ちあがって、声援に熱を込める。
サビに間に合わせるように、みんなも続々とサイリウムを掲げた。
いくらだって踊るわ 月よりも綺麗に、偉そうに
結依ちゃんたちの歌とダンスに合わせて、あまねく光がウェーブを起こす。
それは波動となり、わたしたちの身体を突き抜けていった。鼓動が跳ねあがる。
Rising Dance!
無意識のうちに、みんなが同じ躍動感を共有してた。NOAHのステージに魅入られ、声援を大にして熱狂するの。
曲が終わった時には、疑惑なんて吹き飛んじゃってたわ。
結依ちゃんは放心しちゃってて、MCはグダグダ。見かねたリカちゃんがフォローに入り、NOAHのメンバーを紹介していく。
「みんなもご存知のとーり、玄武リカよ。よろしくぅ!」
「明松屋杏です。これからも頑張りますので、ご声援のほどを……」
「だから硬いってば、杏~」
センターのアイドルは苦笑い。
「エヘヘ……初めまして、御前結依です」
「ドラマにちょこっと出演してるんだよねー、結依も」
心配することなんてなかったわね。
結依ちゃんも、リカちゃんも、杏ちゃんも、もう一人前のアイドルだもの。そんな彼女たちが、わたしの仕立てたステージ衣装を着てるのって、不思議な感じ。
わたしは奏ちゃんにだけ最新情報をリークする。
「来月の衣装、あなたの分も発注済みだから。頑張ってね、新メンバーさん」
「あんなのを着るわけね……はあ。年貢の納め時と思って、諦めるわ」
NOAHのファーストコンサートは大成功。
そして、この日からNOAHの快進撃が始まったの。
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