第191話

 おかげで放課後から夜に掛けて、作業はみるみる捗った。みんなも芸能学校の課題で忙しいはずなのに、毎日のように通ってくれて。

 結依ちゃんの衣装が完成すると、要領も掴めてきたわ。

 ライブのレッスンから帰ってきたリカちゃんが、興味津々に様子を見に来る。

「結依にはしばらく内緒にしとくんでしょ? 咲哉がデザイナーってこと」

「そうね。杏ちゃんにも内緒でお願い」

 井上さんの悪戯は失敗しつつあった。わたしがステージ衣装を手掛けてるってこと、もうリカちゃんと奏ちゃんにばれちゃったものね。

 遅くならないうちに、家までは月島さんが送ってくれる。

「頑張ってください、咲哉さん。研修中の私には、こんなことしかできませんけど」

「そんな……すごく助かってます」

 この局面を今、わたしたちは一丸となって乗り越えようとしていた。

 これが『仲間を信じること』なんだわ。

 わたしはずっと独りぼっちだった。孤独な中学時代を過ごし、高校生になったら、今度は例の事故でしょ? 他人どころか自分自身も信じられなくて、自棄になったの。

 そんなわたしが健全な心を取り戻すまでに、随分と遠まわりしちゃった。

 同じ事故に遭った井上さんにVCプロへ誘われて。

 蘭さんのブティックで勉強して。

 ずっと心配掛けてた菊池さんに、やっと現状を報告して。

 武田さんや杉さんを友達と思えるようになって。

 結依ちゃんと出会った。

 杏ちゃんと出会った。

 リカちゃんと出会った。

 奏ちゃん、伊緒ちゃんとも出会った。

 クレハ・コレクションで陽子さんに勇気づけられた。

 そして今は芸能学校の仲間たちと一緒に、ステージ衣装を作ってる。

 わたしはこんなにも……たくさんの宝物を手に入れてたのね。

「ありがとう。みんな」

 たった一言でも伝えずにいられなかった。

 宝物のみんなに!


                   ☆


 いよいよ聖バレンタインデー、二月十四日がやってきた。

 NOAHのファーストコンサートよ。

 わたしは奏ちゃんと一緒に、今日はお客さんとして見守ることに。

「伊緒ちゃんは来ないの?」

「あの子も今は忙しいから。暇なのはあたしくらいね」

 久しぶりに蓮ちゃんも誘ったんだけど、都合がつかなかったのよね。まあ、わたしと奏ちゃんだけのほうが、今回はいいかもしれない。

 まだメインホールには入らずに、ロビーの脇で開演までの時間を潰す。

「間に合ってよかった……」

 安心するとともにそんな言葉が漏れちゃった。

 奏ちゃんは横目がちに肩を竦める。

「ダメなところはあたしと同じね。何でもかんでも自分で解決しようとするの」

「反省してるわ。でも本当にありがとう、奏ちゃん」

 わたしの作業が遅れてるってこと、実は井上さんも把握してた。そこで奏ちゃんに様子を見るよう頼んだらしいの。

 案の定、わたしはひとりで追い込まれてたわけで……。

 手伝ってくれた芸能学校のみんなには、井上さんからちゃんと報酬も支払われた。ノーギャラじゃ問題だし、わたしもお礼がしたかったから、助かったわ。

 ブラックコーヒーに口をつけながら、奏ちゃんはわたしに意味深な視線を投じた。

「……で? そっちはどうするつもりなのよ、NOAH入り」

 わたしは淡々とかぶりを振る。

「そんな話は来てないったら。あなただけじゃない?」

「でも薄々、勘付いてはいるんでしょ? あんたにも声が掛かるって」

 実のところ、奏ちゃんの言う通りだった。

 今日のコンサートを見に行くように勧めてくれたのは、井上さんよ。自分が手掛けたステージ衣装の晴れ舞台だもの。最後まで見届けなさいって。

 それからNOAHのライブを見て、今後の身の振り方を決めなさいって。

「わたしは……わからないわ」

 だけど、まだ決断は下せそうになかった。

 アイドル活動が嫌なんじゃないのよ? 中学時代はその手の活動もしてたから、復帰の手段としては悪くない、と思ってる。

 でも、だからってNOAHに加入するのは……ね。

 NOAHは結依ちゃん、リカちゃん、杏ちゃんの三人でスタートした。おそらく今日のコンサートで話題になって、当面は活動も忙しくなるでしょうね。

 もちろん、それは結依ちゃんたちが頑張ってきた成果。

 わたしが自分の都合で便乗して、復帰のための『踏み台』にしてはいけないのよ。

「――だから、NOAHへの加入は断るんじゃないかしら」

「踏み台ね。わかるわよ、あんたの言いたいこと」

 奏ちゃんは自嘲めいた笑みを浮かべた。

「あたしだって、もう何も残ってないのよ。伊緒はVCプロを辞めて、バレエの道に進むって決めたし……あたしの我侭で引き留めるわけには、いかないでしょ?」

「じゃあ、伊緒ちゃんが来てないのって……」

「応援はするわよ。これからも」

 その女の子にしては低い声が、聞き慣れないフレーズを呟く。

「アルトの歌姫」

 わたしは首を傾げつつ、奏ちゃんの挑戦的なまなざしにどきりとした。

「前は明松屋杏くらいの音域が出せたんだけどね。女なのに声変わりしちゃって……バンドを抜けて、芸能学校も辞めちゃって。自棄になるしかなかったわ」

 ただの低い声――じゃない。奏ちゃんの声にはオルガンのような深みがあるの。

 こうして気付けたのは、歌の練習のおかげね。

「でも、今はこの声が好きよ。あたしはこの声で、自分の作った曲を歌いまくって、伊緒に負けないくらいのアーティストになってやるの。絶対に」

 わたしと同じだった。自分で仕立てた洋服を着て、モデルになること、と。

 確かにわたしと奏ちゃんって、よく似てるわ。何でもかんでも自分で解決したがって、そうしないことには気が済まないのよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る