第185話
十月は文化祭で締め括られ、十一月に入る。
そう……十一月は毎年、クレハ・コレクションが開催されるの。ファッション業界では誰しも右へ左への大忙しで、準備に追われてるところよ。
当日は蘭さんもお店を閉め、会場へ。
『社長さんと一緒に? わかったわ、向こうで会いましょう』
わたしと結依ちゃんは井上さんの車に乗せてもらって、会場入りした。
「咲哉、悪いけど、結依を任せていいかしら。こっちで色々とやることがあるのよ」
「わかりました。帰りは一緒で?」
「ええ。私もそんなに遅くはならないはずだし」
井上さんとは現地で別れる。
クレハ・コレクションはあくまで『業界向け』の祭典だから、一般のお客さんは入場できなかった。マスコミにも品行方正な取材が徹底されるくらいよ。
それだけ格式の高い祭典ってことね。
ここで発表された洋服は、年明けから続々と商品化され、流行を牽引する。デザイナーにとってはまさに一流への登竜門。
結依ちゃんはクレハ・コレクションのスケールに圧倒されちゃってた。
「すっごぉい……こんなに大きなステージで演るんだ?」
舞台からは客席に向かって、真っ白なランウェイが伸びてる。あのランウェイの部分、普段は床に収納してあるんですって。
「咲哉ちゃんは見に来たことあるんでしょ?」
「もちろんよ」
去年は見に来る余裕なんてなかったから、一昨年以来ね。
井上さんの都合で早めに現地入りした分、開演まではまだ時間があった。お客さんもまばらで、スタッフがあくせく準備に奔走してる。
「あと一時間半も……下の喫茶店で待ちましょうか、結依ちゃん」
「ごめん。せっかくの機会だから、見学したいんだけど……」
「勉強熱心ね。構わないわよ、それで」
わたしは結依ちゃんを連れ、会場をひとまわりすることに。
といっても関係者じゃないから、楽屋なんかに入れるわけないわよ? 許可証を首に下げ、井上さんや蘭さんを探す体で覗き見する。
「お客さんは何人くらい入るの?」
「ざっと千人ね。業界の人間だけって考えると、かなり多いほうよ」
「ふぅーん……」
結依ちゃんと一緒のおかげで、話し相手にも困らなかった。
ほかにも同世代の女の子がちらほらいて、興味津々に会場を見物してる。
「みんな、来るのが早いんだね」
「この時間なら見学できるから、じゃないかしら」
上の世代は挨拶まわりで忙しそう。さすがに主催者の陽子さんにご挨拶は無理ね。
廊下のほうでは何人か芸能人も見かけた。
結依ちゃんが驚きの声をあげる。
「あっ! 咲哉ちゃん、あれってSPIRALの……?」
今や絶大な人気を誇るアイドルユニット『SPIRAL』、そのセンターこと有栖川刹那がいたのよ。確かわたしと同い年だから、高一の去年から参加してたはず。
今年も堂々の出演ってことね。羨ましい気はするけど、当然だわ。
クレハ・コレクションの舞台に立つのは、何もモデルとは限らないの。陽子さんの趣向に合致さえすれば、畑違いの人物が登場することだってある。
それはそれとして……なんだか揉めてるようね。
年上らしい相方のお姉さんのクレームを、有栖川刹那は飄々と流してた。
「まったく……私まであなたの悪ふざけに付き合わせないでちょうだい、セツナ」
「悪ふざけとは聞き捨てならないわねぇ。天下のクレハ・コレクションに出演できるように、私が呉羽陽子に掛けあってあげたのよ?」
「頼んだ憶えはないわよ! はあ……」
もうひとりの珍しい容姿にわたしは息を飲む。
端正な顔立ちと魅惑のプロポーションに加え、白銀めいた色合いの髪の美しさ。それでいて肌は新雪のように照り返ってるの。なんといっても紅い瞳が印象的だった。
「もういいでしょ? メグレズ」
「誰が聞いてるかわからないのよ。セシリーヌと呼びなさい」
「あれだけ自分で名乗っておいて? 勝手なリーダーね」
……何の話かしら? SPIRALのリーダーは有栖川刹那だし、そもそも、あのひとはSPIRALのメンバーじゃないのに。
「どっちも出場するのかな?」
「だと思うわ。どんな恰好で出てくるか、楽しみね」
「――九櫛さん!」
不意に背中越しに声を掛けられた。
振り向くと、見覚えのある面々と再会する。
「もしかして忘れちゃった?」
「え……あっ、デザイナー科の……」
芸能学校で数ヶ月だけ一緒だった、デザイナーの仲間たちだったの。まさか会えるとは思ってなかったから、驚いちゃって、挨拶の言葉さえ出てこない。
そんな不甲斐ないわたしにも、みんなは気さくに話しかけてくれた。
「こっちから連絡しようかなーとも思ったんだけど……その、九櫛さんも三次で落ちてたでしょ? デザイナー部門」
「学校のメンバーは二次で全滅。やっぱりレベル高いよね」
わたしはほっと胸を撫でおろす。
「なかなか連絡できなくって、ごめんなさい」
「わかってるってば。自分だけ二次を通過してちゃ、なかなかねー」
「そういうわけじゃなかったんだけど……」
そんなふうに考えたことなかった。文化祭やステージ衣装で、単に忙しかっただけ。
結依ちゃんがおずおずと口を挟む。
「ねえ、咲哉ちゃんのお友達?」
「えぇと……芸能学校で少しの間、一緒に勉強してたの」
今の会話でわたしが『デザイナー』だって、ばれちゃったかしら?
しばらく話し込んだのち、みんなは次の見学へ。
「また連絡するね、九櫛さん。ご友人さんも」
「ありがとう。先生にもよろしく伝えておいてね」
まだわたしのことを憶えてくれてるなんて……嬉しいような、寂しいような。
あの事故がなかったら、わたしは芸能学校の二年生として、あの子たちと一緒にここへ来てたかもしれない。
もしくはクレハ・コレクションに出場するモデルとして……?
ないわね、それは。少なくとも去年の陽子さんは、わたしに興味がなかったもの。
結依ちゃんは何やら感銘を受けてた。
「私と同い年くらいなのに、真剣にファッションの勉強してるんだ……」
わたしが通ってた中学では、鼻で笑われたこと。
その価値に気付かないことには、将来なんてないのにね。
「結依ちゃんももうプロのアイドルでしょ? ドラマにだって出演するくらいの」
「あれは杏さんの代打で……あれ? 知ってるの?」
開演まで一時間。あとは下のフロアの喫茶店で待つことに。
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