第184話

「……で、なんでこの面子なワケ?」

 と零したのは、リカちゃん。

 多少は歌も上達したから、カラオケのリベンジと思って、声を掛けたの。

 そしたら杏ちゃんも強引についてきて、この三人になった。

「決まってるでしょう? リカ。あなたの表現力を研究するためよ」

「まだ言ってんの? それ。杏は何にしても、まず肩に力が入りすぎなんだってば」

 リカちゃんは文句を垂れるものの、いの一番にマイクを手に取る。

「さっさと歌って、気分変えよっと」

「あ、リカちゃん。リクエストしてもいい? RED・EYEのやつで……」

「へえ~、カッコいいの聴いてるじゃない。オッケー」

 杏さんが首を傾げた。

「ところで……どこで歌うの? リカ」

「へ? そりゃ、ここで歌うに決まってんでしょ」

「……?」

 わたしもリカちゃんも大きな疑問符を浮かべる。

「だって……歌ってるひとが、あのテレビに映るんでしょう?」

 え……ええええっ?

 カラオケが二回目のわたしでも、杏ちゃんの発想には度肝を抜かれちゃった。

 つまり杏ちゃんは、ボーカルは別の場所で歌い、それをほかのメンバーがモニター越しに観賞する……それがカラオケと思ったわけ。

 リカちゃんは呆れ返る。

「杏に足んないのってさあ、表現力とかじゃないと思うんだよねー」

「何か変なこと言った? 歌わないの?」

 もちろん曲の探し方も杏ちゃんはご存知なかった。

「これがカラオケボックス……想像してたのと大分違うわ」

「杏の想像力が豊かなのは、もうわかったから」

 今度こそリカちゃんが曲を入れ、『シンデレラと堕天使の靴』を熱唱する。

 さすがリカちゃん、わたしより上手なのは確実だった。ステージ衣装を着て、虹色にライトアップされたら、すごく舞台映えしそう。

 点数は76点。

「う~ん……やっぱ難しいなー、この曲。ボーカルは男性だし」

 杏さんが顔色を変えた。

「点数が出るの?」

「そーよ。じゃ、次は杏の番ね」

 リカちゃんは不敵な笑みを浮かべ、歌姫様に挑発的な一瞥をくれる。

「明松屋杏なら当~っ然、90点は堅いんでしょ?」

「なっ?」

 途端に杏ちゃんの顔が赤く上気した。

「あ、当たり前よ。リカと咲哉にお手本を見せてあげるわ」

 闘争心を燃やしつつ、それでもリカちゃんにリモコンの操作を質問しまくる。

「選曲が地味~」

「それは点数に関係ないでしょう」

 物静かなイントロが流れ出した。こういう曲って、確か……。

「学校の武田さんが聴いてたわ。ヒップホップね」

「バラードよ!」

「バラードでしょっ!」

 わたしの音楽知識なんて、この程度よ。

 そんな勘違いはさておき、杏ちゃんの美麗な歌声が響き渡った。リカちゃんも呆気に取られたような表情で聴き入ってる。

「やっぱ上手いわね……いいもん持ってんじゃないの、杏のやつ」

 点数は94点! 杏ちゃんは得意満面にふんぞり返った。

「どうっ? これで少しはわたしの実力がわかったでしょう、リカ」

「ちぇ……機械は正直なんだから、んもう」

 続いて、わたしの番ね。

 観音玲美子やRED・EYEは難しいって話だから、ほかの曲にする。

「パティーシェルの新曲? これまた面白いとこ突いてくんのね」

「有名な曲なの?」

「杏……歌手ならもうちょっと、ポップスもさあ……」

 今までの経験から、わたしだって学習した。

 最初に大きく息を吸うのが、間違いだったのよ。リラックスして、しっかりイントロに耳を傾けて……さあ、オタマジャクシと友達になりましょうか。

 ――と、気合充分に歌ったんだけど。

 結果は13点だったわ。

 リカちゃんと杏ちゃんはソファーから転げ落ちてる。

「あ、相変わらず凄まじいわね、咲哉のは……杏? ちゃんと生きてるー?」

「ええ……。歌い慣れてる曲じゃないと、一気に崩壊するんだわ」

 わたしとしては結構、上手く歌えてるのに。何がいけないのかしら。

 リカちゃんは素直に音を上げた。

「まあ咲哉はファッションモデルなんだし……歌はコレでも、いいんじゃない?」

「でも、咲哉もアイドルに転向って話よね?」

 わたしは下手に誤魔化したりせず、杏ちゃんの言葉に頷く。

「いい機会だから、ふたりには話しておくわね。わたしの今までのこと」

 リカちゃんや杏ちゃんも疑問には思ってたはずよ。

 一世を風靡した、あの九櫛咲哉が表舞台から忽然と姿を消したこと。そして、ひと知れずマーベラスプロからVCプロへ移籍してること。

「理由はこれなの」

 わたしは服をずらし、背中を覗かせる。

 ふたりとも絶句した。

「さ、咲哉? その傷……」

「……そういうことだったのね」

 九櫛咲哉は去年、撮影の仕事中に事故に遭って。

 一ヶ月後には復帰するも、背中には痛々しい傷痕が残ってた。

 ファションモデルが姿を消すには、もっともな理由でしょうね。わたしは道の半ばで夢を絶たれ、今なお彷徨い続けてる。

「井上さんも同じ事故に巻き込まれて、左腕に大怪我してるのよ」

「なんてこと……」

 わたしには立ちなおる時間と場所が必要だった。

 幸いにして、この傷は少しずつ癒されつつあるわ。優しいひとびとのおかげで、ね。

「でも呉羽陽子さんが言ったの。やり残したことがあるなら、戻ってきなさいって」

 杏ちゃんとリカちゃんは神妙な調子で顔を見合わせる。

「……すごいわね。わたしには真似できない」

「子役のジンクスなんてのに拘ってた自分が、恥ずかしいわ」

 わたしは服を戻して、ふたりに向きなおった。

「ごめんなさい。気を遣わせるつもりはなかったのよ」

 何も同情して欲しかったわけじゃない。

 リカちゃんや杏ちゃんも、わたしと似た境遇だろうなって思ったの。

 ふたりともわたしと同じように芸能界で名を馳せた。――にもかかわらず、VCプロ所属のアイドルとして再出発を余儀なくされてるんだから。

 芸能学校の特待生だったっていう、奏ちゃんだってそうよ。

 みんな何かしらの挫折を経て、ここにいる。

「わたしは絶対に諦めたくないの。やり残したことが何なのか、知るために……そして今度こそ、それをやり遂げるためにね」

 その決意表明には自分でも信じられないくらい、力が漲ってた。

 リカちゃんと杏ちゃんも力を込めて、頷く。

「こっちも負けてらんないか。ボヤボヤしてたら、結依にも追い抜かれそうだもん」

「頑張りましょう。いつか自分の実力で、ちゃんと胸を張れるように」

 仲間がいる――それが嬉しかった。

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