第176話

 さらに後日、わたしは玄武リカちゃんと一緒にカラオケへ。

「ふーん。菊池さんがアタシの前に担当してたのが、九櫛咲哉ってワケ?」

「リカちゃんのこと心配してたわ」

「心配されてもなあ……別に悪いひとじゃなかったけど」

 さっき事務所でマーベラスプロ出身同士、顔を会わせてね。歌の練習について相談したら、カラオケに行こうって話になったの。

 実は初めてなのよ、カラオケ。

 中学の頃はそんな付き合いなかったし、芸能学校でもお仕事と勉強で忙しかったし。今の高校ではそれなりにクラスに溶け込んでるものの、音楽の授業がアレでしょ?

 カラオケで部屋を借りるなんてわからないから、リカちゃんにお任せ。

 その間に恒例、彼女のファッションレベルを吟味する。

 さすが子どもの頃から芸能界にいるだけあって、服装には拘ってた。いわゆるギャル路線を踏まえつつ、今時な風体にまとまってる。

 なのに、チャラチャラ感はほとんど見られないのよ。ひとつひとつの所作が大和撫子のように綺麗で、ギャルの浮ついた印象を相殺してるんだわ。

 今まで出会ったNOAH関連の女の子では、ビジュアル性が抜群ね。

「リカちゃんはよくどこで買ってるの? お洋服」

「馴染みのお店があって、そこで見繕ってもらってんの。よくない? このカットソー」

 同じユニットのメンバーなのに、杏ちゃんとは正反対だった。

 ふとリカちゃんがわたしのフリルブラウスに目を留める。

「咲哉もやっぱモデルよねー、可愛いの着てるじゃない。髪はどこの美容室?」

 わたしは流麗なウェーブをかきあげつつ苦笑した。

「天然なのよ、これ。放っとくと勝手に……」

 リカちゃんの瞳が大きくなる。

「えええっ? ど、どう見たってパーマでしょ? ほんとに天然?」

 彼女の髪も緩やかにウェーブが掛かってるけど、そっちはパーマみたいね。

「いいことなんてないわよ? 雨の日は爆発するし……でもストレートを当てても、伸びるたびにコレだから、もう諦めてるの」

「へえ~。羨ましがる子は多そうだけど、そーいうもん?」

 そんなことを話しながら、わたしとリカちゃんはカラオケルームへ足を踏み入れる。

 カラオケボックスの名の通り、本当に『箱』の中で歌うのね。

「先にジュース取りに行こ? 咲哉」

「そっちの内線で注文するんじゃないの?」

「こういうお店はセルフなの」

 ドリンク代はカラオケ料金に込みでセルフサービスか……うん、勉強になる。

 曲はリモコンで探して送信、と。

「まずはアタシからっ! 観音玲美子の『コードネームはアイツ』で」

 リカちゃんはマイクを握り締め、前奏のうちから身体でリズムを取り始めた。甲高い声がマイクを介し、大音量で響き渡る。

 上手いか下手かなんて、音痴のわたしにはわからないわよ。

 でも見た目にはばっちり決まってた。容姿端麗な美少女が歌ってるんだから、上手に聴こえて当然なんだわ。これはステージ衣装のヒントになりそうね。

「はい、次。咲哉の番よ。……って、まだ入れてないの?」

「えっ? あ……歌ってる途中でもよかったのね」

 続いてわたしはリモコンを手に取るも、曲が多すぎて、どれがどれやら。

「なるべく簡単なやつがいいんだけど……」

「じゃあ、このへんとか? ちょっと昔に流行ったラブソング」

「それなら知ってるわ」

 リカちゃんにフォローしてもらって、曲を入力する。

 これだけ防音が完璧なら、思いきり歌っても平気よね? わたしは大きく息を吸って、情熱的なラブソングを熱唱してやった。

 リカちゃんは仰天。

「ちちっちょ、ちょっとぉ? なんでそんな、めっ、メチャクチャ歌ってんの?」

「……やっぱり音痴なの? わたし」

「お、音痴なんて次元じゃ……このレベルは初めてだってば」

 松明屋杏が匙を投げ、朱鷺宮奏がうろたえた、ワタナベサウンドとはこれのことよ。

 少しはましになってきてると思うんだけど……ひっくり返るほどかしら?

「でも、咲哉のこれ……うくくっ、聴いてると、超面白いんだけどっ! いくら何でも外しすぎだってば、それ! あーっはははは!」

 リカちゃんはお腹を抱え、笑い転げる。

「も、もう一曲! アタシはいいから、もっと歌って~!」

「いいわよ。歌うのは気持ちよくって、好きだもの」

 初カラオケは大いに盛りあがった。

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