第177話

 夏休み明けの浮ついたムードも、次第に落ち着いてくる。

 今朝は一時間のホームルームを設けて、文化祭の出し物を相談することに。

「屋台の場合は申請するんだっけ? 通んなかったら、どうなんの?」

「教室使ったほうが楽かもねー。ついでに休憩場所にしてさ」

「部活の出し物もあるから、簡単なやつで!」

 クラスメートの意見はばらばらのようで、ひとつの大きな合意があった。

 要するに『手間が掛からない』やつね。文化祭はみんな色々と見てまわりたいし、部活のほうで出番を抱えてる面子もいるから。

 でも、だからって『何もしない』という選択肢はなかった。

 例えば教室に風船を飾るだけで、出し物と言い張るようなパターンね。クラスメートの自由時間は最大限に確保できるけど、文化祭には非協力的な姿勢とみなされるわ。

 それで済ませるのなんて受験生(三年生)くらいじゃないかしら。

「占いの館なんてどう? 相性診断とか」

「文化祭でも男子は立ち入り禁止なのに? 女同士で?」

 あーでもない、こーでもないと相談が続く。

 やがて一年三組の出し物が決まった。

「おしるこ屋で決定~!」

 教室をお店に改装して、おしるこを振舞うわけね。

「校舎の中でガスコンロって、禁止じゃなかった? 電気コンロ?」

「ブレーカーが落ちるから、台数に制限は入るんだってー」

 こういう情報はどこから仕入れてくるの?

 おかげで、一年三組のおしるこ屋は早くも現実味を帯びてきた。必要なものは電気コンロが数台と、おしるこの食材と……。

 武田さんが手を挙げる。

「それっぽい法被とか、あったほうがいいんじゃない?」

「いいね、法被! 甘味処みたいなやつ!」

 わたしの脳裏にも具体的なイメージが沸いてきた。

「……で、千佳? 誰が作んの?」

「え? うーん……」

 千佳っていうのは武田さんのことよ。

 武田さんは少し考え込んだあと、わたしをちらりと見た。

「そうだ、渡辺さんなら法被の型紙とか作れない?」

「それそれ! 渡辺さん、前に洋服のデザイン画描いてたもんね。細かいやつ」

 ほかの面々も期待のまなざしを向けてくる。

 わたしは淡々と頷いた。

「型紙くらいなら問題ないわよ。デザインが決まったら、すぐにでも……」

 むしろ型紙を刷るほうが難しいかもしれないわね。よほど版型の大きなプリンターでもない限り、一枚の紙に印刷はできないから、貼って繋げるとかしないと。

 けど、法被には少し不安もあった。

「ただ手間を考えると、あんまり……それなりに時間は掛かると思うの。ノースリーブにでもすれば、作業はかなり短縮できるけど。あとミシンも必要ね」

 クラスのみんなも納得する。

「ミシンかあ……それは考えてなかったわ」

「被服室のを借りるとしても、そう何日も使わせてはもらえないだろーし」

「担当者が家に持ち帰って作るのは?」

 さらにもうひとつ、法被では不服とする意見があがった。

「文化祭が終わったら、捨てるしかないよね? それ」

「まあねー。法被は使えないでしょ」

 ふと妙案が閃く。

 この伊達眼鏡越しに、学校のみんなとはなるべく距離を、とは思ってた。しかし今のわたしは二次選考を突破したせいか、少し気が大きくなってるみたいで。

「じゃあ法被はやめて、エプロンはどう? 作るのは法被より簡単だし、家で使えないこともないでしょう?」

 その言葉に武田さんがすかさず便乗した。

「いいかも! 柄さえ和風にすれば、エプロンでも充分、充分」

「昔、家庭科で作ったなあ。あれくらいなら私でも」

 黒板にエプロンの予定が書き足される。

 型紙なら一から書き起こさなくても、フリー素材を拾ってくれば、事足りるわね。それにちょっと手を加えて……うん。大して手間は掛からないはず。

 わたしはノートを開き、てきぱきと草案を描き始めた。

 それをみんなが四方から覗き込む。

「ここのサイトのを落として……これだけじゃ物足りないから、フリルくらいは……」

 ふと武田さんが真顔で珍妙なことを口走った。

「フリルって売ってるの?」

 わたしもクラスメートも面食らう。

「ちょっ、千佳? あんたの女子力って、そこまで……」

「ギャザーで根元を結ぶみたいにするんだってば。ねえ、渡辺さん」 

「うん? ええ、普通はそうよ」

 お裁縫に無縁な子って、そんなふうに考えるのね。

 草案を固めつつ、わたしはケータイで街の手芸店にアクセスした。わざわざお店まで行かなくても、生地くらいなら写真でも物色できるでしょ。

 みんなのモチベーションも上がってくる。

「やっぱ花柄かなあ。文化祭は十月の下旬だし、もみじでも」

「ネコとかウサギのも可愛いんじゃない? 悩む~!」

 わたしも雰囲気に乗せられて、思いついたことを口走ってた。

「和風に仕上げるならフリルは止めて、帯に拘っても、いいかもしれないわよ」

「帯ね……あ、よいではないか~ってやつ?」

 ついでにエプロン製作のスケジュールも詰めていく。

「全員分はいらないでしょ? 店番の分があればいいから……五、六枚?」

「予備も数えて八枚かなー」

 入用になるのは八枚ね。大人数が一度に作業に入っても、かえって混乱しそうだから、製作班は3~4人に絞ることに。

「あとはミシンの台数次第だけど……三日もあれば、多分」

「学校で生地だけ切って、持ち帰ってもいいかも」

 今日のうちに買出し班も決める運びになった。

「私、行こうか? 作るのは無理そうだし」

「渡辺さんにも同行してもらったほうがいいんじゃない? 千佳だけだと、何メートル買えばいいかわかんないでしょ」

「あー、そっか」

 買出しに行く気満々の武田さんが、わたしに誘いを掛ける。

「渡辺さん、この週末って空いてる?」

「えぇと……ごめんなさい。バイトが入ってるから……」

 気は引けたものの、断るしかなかった。

 それにね、実は少し怖いのよ。お友達と一緒にお出掛けなんて、もう何年もご無沙汰だもの。中学時代に薫子ちゃんと疎遠になってからは、本当に一度も。

 でも――怖いからって、ここで頑なになりたくなかった。

「放課後に寄るんじゃだめかしら?」

 わたしから提案すると、武田さんが相槌を打つ。

「そっちのほうが私も都合いいよ。ナカ区は帰る方向だし。それじゃあ、買出しは私と、渡辺さんと、もうひとりくらい……由美子も来てよー」

「オッケー。そういや渡辺さんとどっか行くのって、初めてかも」

 由美子ちゃん……もとい、杉さんも買出し班に加わった。

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