第158話

 お昼休みになると、余所のクラスや一、二年生の男子がよくわたしのもとへ来た。

「九櫛さ~ん! 今月のRENA買ったんだ。ここにサインしてくてる?」

「え、ええ……」

 女性向けのファッション誌を、男の子が嬉々として持ってくるんだもの。

 これにはクラスの女子も苦笑い。

「あんた、中身がわかって読んでんの?」

「い、いいだろ? 同じ学校の有名人に憧れたって」

 男子も人数が多いのを理由にして、すっかり開きなおってた。

「なんたって超話題のカリスマ中学生ファッションモデル! 九櫛さんに比べたら、うちの姉貴なんて、ほんとゴリラだぜ?」

「うっわ……あんたのお姉さんに言っとくわ」

 一方で、薫子ちゃん以外の女子は、私から常に一定の距離を保ってる。今も笑ってるけど、わたしとの間には『壁』があるのよ。

 わたしもそれは肌で感じてるから、男子にはあまり近寄られたくなかった。

 モデル業を始めた頃はね、女子のみんなも応援してくれたの。

 ファッションモデルの九櫛咲哉に一目惚れして、告白してくる男子もいたわ。それを女子も最初のうちは、きゃあきゃあと騒ぎ立てた。

 でも、だんだん面白くなくなってきたみたいで……。誰々の好きな男子が九櫛さんにコクった、なんて事件も立て続けにあり、今では煙たがられてる。

 そんなわたしが薫子ちゃんと仲良くしてたら、薫子ちゃんまでハブられるかも――それが怖かった。だから何かと仕事を理由にして、学校を休むようになってた。

 やがて予鈴が鳴り、余所の男子は去っていく。

 それを見送りつつ、伏見くんがわたしに声を掛けた。

「なあ、九櫛。今日の放課後、ちょっと時間あるか? 話したいことがあるんだ」

「え? ……いいけど」

「じゃあ放課後、体育館の裏でな」

 急にこんなこと言われても、困るわ……。

 自惚れるわけじゃないけど、伏見くんの話には心当たりがある。この流れは幾度となく経験してるから、わたしは早くも当たり障りのない言葉を考えてた。

 薫子ちゃんが首を傾げる。

「咲哉ちゃん? 伏見くんがどうかしたの?」

「ううん、別に。気にしないで」

 午後の授業も案の定、上の空で身が入らなかった。


 そして放課後、体育館の裏で伏見くんに想いを打ち明けられる。

「――ごめんなさい」

 それを受けられず、わたしはせめて真摯に頭を下げた。

「今はお仕事に専念したいの。伏見くんの気持ちは嬉しいけど……だから」 

 こんなの体のよい言い訳ね。

 わたしは少なからず、彼の気持ちを迷惑に思ってる。

「だ……だよな。いきなりこんなこと言って悪かったよ、九櫛」

 それに、一秒でも早く済ませなくちゃならなかった。ここで今、わたしと伏見くんが誰にも内緒で会ってること自体、後ろめたいから。

 だって、伏見くんは――。

「オレってほんと、サッカー以外はからっきしでさ。本当はお前が目当てだったのに、志島のほうに声掛けたりして。ハハハ……」

 わたしは沈痛な表情で唇を噛む。

「それ以上は言わないで。わたし、薫子ちゃんだけは失い――」

 ところが、そのタイミングで割り込む声があった。

「……咲哉ちゃん」

 わたしと伏見くんはぎくりとして、声のしたほうへ振り向く。

 そこにはわたしの大切な幼馴染みがいた。

「か、薫子ちゃん……どうして?」

 さらに薫子ちゃんの傍らにはクラスの女子も集まってる。

 みんな、わたしを憎らしげに睨んでた。

「やっぱり気付いてたんだね、咲哉ちゃん。私の気持ちにも……伏見くんの気持ちにも」

 薫子ちゃんに低い声で宣告され、わたしは取り乱す。

「ちっ、違うわ! わたし、あなたにだけは嫌われたくなくって……」

 気付いてたのは本当よ。薫子ちゃんは伏見くんに秘めやかな好意を寄せてるってこと。薫子ちゃんとコイバナなんてしたことないけど、幼馴染みだもの、すぐにわかったわ。

 だから伏見くんに告白されると知って、恐怖した。

 薫子ちゃんから『横取り』するみたいな形にだけは持っていきたくない、って。

 せめて伏見くんの番号かメールアドレスくらい聞いておくべきだった。それがあれば、じかに会わずに済ませられたのに……。モデルなんだから番号は迂闊に漏らしちゃいけないと、警戒したのが仇になったの。

 伏見くんは女子一同の出歯亀に困惑するばかり。

「な、なんだよ? お前ら……」

 強迫観念に駆られながらも、わたしは必死に声を張りあげる。

「薫子ちゃん、聞いて! わたしは――」

「聞きたくないっ!」

 だけど何もかも遅かった。

 泣き崩れる薫子ちゃんを庇って、ここぞとばかりにクラスの女子がわたしを責める。

「ちょっと美人だからって何人も引っ掛けて! 最低なのよ、あんた!」

「伏見くんのこともわかってて、からかったんでしょ?」

 次々と心ない言葉を投げつけられた。

 それを見かねた伏見くんが、わたしを庇おうとする。

「待てよ! 大勢で寄ってたかって……九櫛は何も悪くねえだろ」

「あんた、何も知らないの? その女、今年だけでもう四人に告白されてんのよ? 彼女持ちの男子にまで、色目使っちゃってさ」

 もう泥沼だった。

 わたしは唯一無二の親友を失くして、ひとりぼっちに。

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