第157話

 翌日、わたしは朝から職員室に呼びされてしまった。

 生活指導を担当してる先生は、前々からわたしのモデル業に難色を示してるのよ。お父さんと一緒にマーベラスプロの本社にまで乗り込んできたこともあるわ。

 わたしがお仕事で学校を休むたび、お小言をぶつけてくる。

「三年生はみんな、受験でピリピリしてるんだぞ? 仕事も結構だが、もう少し周りの空気も読んで、だな……」

 そんなこと、今まさに空気を読めてないひとに言われたくなかった。ほかの先生はとっくにわたしのモデル業を認めてくれてるのに。

「パーマもいい加減に止めないか。校則違反なのはわかってるだろう」

「これはくせっ毛なんです」

 わたしの髪には今日も流麗なウェーブが掛かってた。

「だったら、いっそ切るとか……」

 男のひとならではの浅はかな意見が、わたしの神経を逆撫でする。

 それを教頭先生が諫めた。

「九櫛くんの芸能活動については、もう話がついたじゃないか。それくらいにしたまえ。大体、女子に髪を切れだなんて、セクハラになりかねんよ」

「で、ですが……目に余るものは注意するのが、教師の役目ではありませんか」

「頭ごなしに生徒の言い分を押さえつけるのが、教師のやることかね」

 さしもの生活指導員も教頭に睨まれては、引きさがるしかないわね。観音玲美子さんのサイン色紙をプレゼントして、本当によかった。

「九櫛くんは教室へ行きなさい。無理はせんようにな」

「ありがとうございます。それでは……」

 わたしはわざとらしくウェーブの髪をかきあげ、職員室をあとにする。

 ファッション誌は当然、女性をターゲットにしてるわ。わたしのお仕事は女性のためのものであって、男のひとにとやかく言われる筋合いはない。

 だからお父さんのように文句をつけてくる男性は、嫌いだった。

 教室へ戻る途中で、遅刻寸前の男子と鉢合わせになる。

「よう、九櫛! また呼び出されてたのか?」

「……ええ」

 同じ三年一組の伏見くんとは、小五から一緒なのよ。

 大して仲がいいわけじゃないけど、話しかけられたら答える、くらいの関係ね。

「お前はもう自分で稼いでんだもんなあ……オレはすげえと思うよ」

「伏見くんこそ。サッカーで取材されたんでしょう?」

「あんなのただの地方紙だって。九櫛のRENAみたいな全国紙とは違うんだからさ」

 我が校のサッカー部のエースで、夏の中学大会では五点もシュートを決めたらしいわ。うちのサッカー部は割と強い。

「やっぱりサッカーの強い高校に行くの?」

「推薦が通りゃあいいんだけどな。一応、勉強もしてる。九櫛は?」

「試験で恥をかかない程度には……」

 わたしも彼も、定期試験の前は薫子ちゃんのノートが頼りだった。

 三年一組の教室に着いたら、伏見くんとは別れ、幼馴染みの薫子ちゃんと合流する。

「おはよう、薫子ちゃん」

「……おはよ。今朝も長かったみたいだね」

 長いっていうのは、さっきのお説教のこと。

「もうウンザリよ……。早く芸能学校に行きたいわ」

「咲哉ちゃんならそうだよね」

 わたしは朝から重たい溜息をつく。

 モデル業を始めてからの顛末は、薫子ちゃんもよく知ってた。最初の頃は『モデル業を続けるなら私立の中学に移ったらどうだ』なんてふうに、よく言われたかしら。

 けど私立に転入したところで、ろくに通わないのはわかってた。

 それにもう三年の秋だから、割りきってるの。

 中学までは義務教育の体裁上、たとえ出席日数が足らなくても、卒業に支障はないんですって。先生たちもわたしの学業には半ば諦めてた。

 それでも中の上くらいはキープしてるけど。

 薫子ちゃんが表情を曇らせる。

「いいなあ、咲哉ちゃんは。もう将来やりたいことが決まってて……」

「ほかにもいるじゃないの。伏見くんとか」

「伏見くんはそこまで考えてないよ。サッカーがやりたいってだけで」

 中学三年になってから、確かにクラスメートはどことなくピリピリしていた。

 進路が固まってるのはわたしを含め、ほんの数人だけ。あとのみんなは目標を見つけられないまま、とりあえず妥当な高校への進学を漠と意識してる。

 薫子ちゃんもそのひとり――なのよね。

「咲哉ちゃんが羨ましいな。ちゃんとした目標があって、毎日が充実してて……」

 そんな友達をどう励ませばいいのか、わからなかった。

 無言で流せるわけでもないから、苦しい。

「高校に行けば、薫子ちゃんにもきっと見つかるわよ。本当にやりたいこと」

「そうかなあ……」

 この話になると、わたしと薫子ちゃんは平行線に陥った。

 片や将来を見据えて、すでに行動を始めてる。なのに片や将来設計が捗らず、無為な時間を過ごしてるの。

 悔しいけど、わたしじゃ薫子ちゃんと同じ悩みを共有できなかった。

「あ、先生が来たよ? 咲哉ちゃん」

「うん。またあとでね」

 わたしは二日ぶりに席に着いて、退屈なだけの授業を聞き流す。

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