第156話 『Re Start』

 業界きってのファッション誌の表紙を飾る。

「咲哉ちゃん、目線こっちー!」

 トップ記事も当然、わたし。中学三年生にして、この九櫛咲哉(くぐしさくや)はファッション界の最先端に立っていたわ。

 デビューしたのは二年前よ。学校のみんなは『まさか』『できるわけない』と半信半疑だったかしら。わたし自身、スカウトの話なんて最初は信じてなかったもの。

 芸能界では最大手のマーベラス芸能プロダクション、通称『マーベラスプロ』にモデルとして所属し、お仕事の日々。

「次は後ろ向いてくれるかな? そうそう」

 初めのうちは戸惑ったカメラにも、一ヶ月も経つ頃には慣れた。

 シャッター音が気持ちいいくらいよ。

 カメラマンもてきぱきと撮影を進めていった。

「咲哉ちゃん、もうちょっとだけ口元を……あぁ、いいね」

 漠然とした指示だろうと、わたしは聞き返すまでもなく理解できる。

「上目遣いもちょうだーい」

「はいっ」

 今や一流のファッションモデルだもの、スタイルには絶対の自信があった。それをポージングで引き立て、悩殺的に強調するの。

 水着になったことは一度もないんだけどね。

「お疲れ様~。咲哉ちゃん、今日もキレッキレだったね」

「ありがとうございます。ふふっ」

 小一時間ほどで撮影を終え、わたしはスタッフのみなさんに頭を下げた。

 わたしがまだ中学生ということもあって、現場のスタッフは優しく接してくれる。

 だからって、いい加減な仕事はできないわ。この九櫛咲哉は研究に研究を重ね、自らカメラを手に取ることもあった。

 平面の写真だけじゃないわよ? 動画のプロモーションだってあるもの。

 ファッションモデルの使命は第一に『服』を魅せること。だから、本当にお洋服が好きでないと、務まらない仕事でしょうね。

 マネージャーと二、三の確認をしてから、わたしは更衣室で本日の『商品』を脱ぐ。

「ふう……」

 また学校を休んじゃったわね。

 ケータイには友達からのメッセージが数件、入ってた。

『ノート取っといてあげようか?』

 同じクラスで幼馴染みの志島薫子には、お世話になりっ放し。

『別にいいわよ。先生も何も言わないと思うから』

『――そう? 必要なら、いつでも言ってね』

『それより薫子ちゃんは受験生でしょ? わたしのことはいいから、頑張って』

 そんな幼馴染みの厚意に苦笑しつつ、わたしは着替えを済ませる。

 ファッションモデルたるもの、普段着にも気合は入れてた。薄手のケープをはためかせて、すれ違う全員の目を引く。

 エレベーターで地下まで降りると、マネージャーの菊池さんが車をまわしてくれた。

「送っていくよ、咲哉ちゃん。乗って」

「助かります」

 送迎は全部、この菊池さんにお任せしてるの。わたしって目立つ風貌だから、マーベラスプロにも『なるべく車を使いなさい』と釘を刺されて、ね。

「ジムに寄るのかい?」

「いいえ。今日はまっすぐ帰ります」

 家に着く頃には、午後の四時をまわってた。

 マネージャーの車を見送ってから、わたしは自分の部屋へ直行する。

「さて……と」

 次は受験勉強――なんていう殊勝な中学三年生じゃないわよ。お給料で買ったパソコンを点け、ペンタブレットを手に取る。

 今日も待ち時間でノートに描いた分があった。

洋服のデザインラフね。これをタブレットで書きなおして、ストックしておくの。

 マーベラスプロの後押しもあって、芸能学校への推薦は決まりつつある。特待生として学費も免除となれば、お父さんも黙るほかなかった。

 わたしには夢がある。

 そして、モデルのわたしはそれをまだ『半分』しか叶えてない。

 ラフに没頭してると、ケータイが鳴った。服飾メーカーからの連絡だわ。

『九櫛さん、進捗はどう? 来週までに何点くらい用意できるかしら』

「五点は持っていけると思います」

『今回も素敵なデザイン、期待してるわよ』

 わたしの『作品』はまだまだ商用に耐えうるレベルに達してない。だけどモデル業の中で人脈を得て、企画に参加させてもらう機会もあるの。

 いつか自分でデザインした服を着て、モデルの仕事を果たすこと。

 それがわたし、九櫛咲哉の夢。

 自分で作った曲を歌うのと、似てるかもしれないわね。

『推薦は決まったの?』

「いいえ、まだです。でも多分、大丈夫かと」

『私としては、服飾の専門学校もアリだと思うのよ。私の母校だから推薦も……』

 道のりは長くても順風満帆だった。

 この道をまっすぐに進めば、きっと成功する――ううん、必ず。

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