第103話
二年一組の教室を、大勢の生徒が続々と覗き込む。
「どこにいるの? 玄武リカ!」
「本物よ、本物! テレビで見るより百倍、可愛い~!」
当のリカちゃんは机ごとクラスメートに囲まれ、質問攻めに遭ってた。
「どうしてS女に?」
「松明屋杏と組んでるんだよね」
リカちゃんのほうも丁寧に答えていく。
「芸能学校にいたんだけど、結依と一緒のほうが都合もよくってねー」
お高く留まってるわけでも、猫被ってるわけでもないから、すぐ仲良くなれるんじゃないかなあ。……玲美子さんじゃ無理だったかも。
一方で、NOAHのリーダーであるはずの私は放置されてた。
世間的には『NOAHは松明屋杏と玄武リカ』なんだね、やっぱり……はあ。
「すげえ人気だなあ、おい……」
「二、三日もすれば、落ち着きますよ」
一年生の時と同じ面々が、私を宥めてくれる。
見るからにヤンキーっぽいのは、夏樹ちゃん。そして眼鏡を掛けた優等生風のは、小春ちゃん。タイプが違いすぎるのに、一緒にいることが多いの。
「小春がいりゃあ、授業はどうとでもなるよなー」
「お礼は要求しますよ」
「わかってるって。ジュースの一本や二本」
ふたりはリカちゃんの人気ぶりを遠目に眺めてた。
「にしても、アイドルなあ……。結依も一緒にやってんのが、信じられねえよ」
「私たちはまだライブにも行ってませんし。実感はありませんね」
私もふたりと一緒にリカちゃんを見詰める。
「実感、かあ……」
リカちゃんとは同じNOAHのメンバーで、一緒に住んでもいるけど、今はまるで別の世界のひとみたいに思えた。テレビの中の芸能人がここにいる、そんな感じ。
ところが、そのリカちゃんがこっちに声を掛けてくるの。
「結依もこっち来て、説明してよ。リーダーでしょ?」
「……え? ええっ?」
夏樹ちゃんと小春ちゃんが私の背中を押す。
「お呼びだぜー。行ってこいって」
「ついでに宣伝して、ひとりでもファンを獲得しておきませんと」
あれよあれよと私は押し出され、騒ぎの中心へ引きずり込まれることに。
「……御前さんがアイドルぅ? リカちゃんと一緒に?」
「オジョキンにも出てるんだけど……」
そして知名度の低さに愕然とする私、御前結依だった。
いやいや……ないでしょ。
「ごきげんよう」
さっきから、あたしの周りで世界がおかしい。
ひょっとしたら、おかしいのは、あたしのほうかもしんないけど。
「ごきげんよう、松明屋さん」
「ええ。ごきげんよう」
あたし、朱鷺宮奏は――どうやらL女学院を侮っていた。
この名門なら両親も納得すると思ったのよ。実際、お父さんもお母さんも、L女への転入に関しては大喜びしてた。
ギターはもういいからL女でバイオリン始めたら? なんてふうに言われたわ。
お母さんも昔はギター弾きまくってたくせに、ねえ。
ところがL女学院はあたしの想像を上まわる、根っからのお嬢様学校だったわけ。朝の挨拶は『ごきげんよう』だなんて……ここはどこの王国よ?
三年生の明松屋杏は平然としてる。
「奏、あなたも『ごきげんよう』って返さないと、失礼でしょう」
浮世離れしてるって自覚はないのね、こいつ。
それでもさすがL女の生徒ね。特に三年生は落ち着いたもので、明松屋杏を相手に騒ぎ立てたりしなかった。だけど下級生は、そうは行かない。
不意に黄色い声援が飛んでくる。
「きゃー! 杏お姉様よ!」
あ、杏……お姉様ぁ?
新入生も噂の明松屋杏を目の当たりにして、感動に震えた。
「うそっ! 明松屋さんって、ほんとにL女の生徒だったんだ?」
ひとりが動き出すと、それを皮切りにして、全員が一斉に迫ってくる。
「杏お姉様! いつも応援してます~!」
「合唱部にはいらっしゃらないんですか? 一度だけでも……」
多勢に無勢で気圧されながら、杏は笑みを引き攣らせた。
「え、えぇと……もうじきチャイムが鳴るから、ね?」
予鈴が天の助けのように聞こえるわ。
始業式が終わっても、杏お姉様は大勢の小鹿ちゃんに囲まれてた。
「あっ、奏! 助け……」
「先に行ってるわね」
そんな渦中へ自ら飛び込むわけないでしょ。杏を見捨て、ひとりで職員室へ急ぐ。アイドル活動の件で呼び出されてるのよ。
と思いきや、先生の話は転入について。明松屋杏は呼んでさえいなかったの。
「――これくらいね。何か質問はあるかしら」
拍子抜けしちゃったわ。まあ朱鷺宮奏の知名度なんて、こんなもの。
けど、先生がアイドル活動をどう思ってるかは、確かめておきたかった。
「あの……あたし、これでも一応、明松屋杏と一緒に芸能活動してるんですけど。そのことについては何もないんですか?」
「あぁ、そのこと?」
わかりきってるふうに先生は肩を竦める。
「なんたって、うちにはSPIRALの有栖川刹那さんがいるんだもの。スポーツのほうでもスター選手が何人もいるし、それほど気にしてないわ。新入生がいるから、さすがに有栖川さんには、今日はお休みいただいてるんだけどね」
「は、はあ……」
さすがL女だわ。生徒の芸能活動くらい、どうってことないみたい。
SPIRALの有栖川刹那か……結依が仲良くなったって、言ってたっけ。
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