第102話
いよいよ新しい春が来た。
私、御前結依は今日から高校二年生に。
「あんまりスピード出しちゃだめだよ? リカちゃん」
「ちゃんとわかってるってば。安全運転、でしょ」
リカちゃんも同じ制服を着て、自転車で一緒に出発するの。
お嬢様のリカちゃんは自転車に乗ったことなかったんだけど、少し練習するだけで簡単に憶えちゃった。サドルに跨ってるだけでも脚線美が映えるの、ずるい……。
杏さんと奏ちゃんはL女学院の制服で、聡子さんの車へ乗り込む。
「学年が違うから、杏とは離れ離れになるの確定ね」
「そんなこと言わずに、遊びに来てったら」
「上級生の教室まで?」
聡子さんがハンドルに手を掛けた。
「それじゃあ、こっちは出発しますので。結依さん、リカさんもお気をつけて」
「はぁーい!」
朝日がさんさんと輝く。
私とリカちゃんの行き先はS女子学園、通称『S女』。
平凡な校風と平凡な実績だけの、ごく普通の高校……かな? 部活はそこそこ強いって話だけど、ほかに目立った特徴はないの。
駐輪場には、まだ通学ステッカーのない自転車がちらほらとあった。新入生のだね。
「結依はクラブ活動とか、やってないわけ?」
「よく誘われはしたんだけどね。高校は自分の時間が欲しかったから」
中学まではバスケットボール部に所属して、毎日のように汗をかいてた。あれでリズム感が養われた……とは思えないなあ。
さすがにアイドルなんてやってたら、部活の余裕はないよ。
「でもリカちゃんなら、茶道部に顔出すくらい、いいんじゃない?」
「ふーん。そういう部もあるんだ?」
リカちゃんは制服にパーカーを重ねて、フードを深めに被ってた。有名人だからね。
「職員室まで案内してよ、結依」
「うん」
実は私も今朝は職員室に呼ばれてた。
玄武リカが堂々と校内を歩きまわってたら、大騒ぎになっちゃうでしょ? 聡子さんの提案もあって、今日は全校朝礼の場で紹介することに。
その打ち合わせのため、私はリカちゃんとともにこっそりと職員室へ。
校長先生や教頭先生はリカちゃんのこと、諸手を挙げて歓迎してくれた。転入試験をサインひとつで合格させただけのことはあるなあ……。
私のアイドル活動には否定的だった生活指導の先生も、諦めてる。
「しっかりフォローしてあげるのよ。御前さん」
「わかりました」
とにもかくにも今日の始業式を、どう切り抜けるかだね。
玄武リカの登場で騒ぎになるのは、織り込み済み。去年の文化祭で松明屋杏が出てきた時も、大騒ぎになっちゃったもん。
平々凡々な学校だけに、芸能界とは縁がないの。
私も一応、友達に根まわしはしてるけど、効果は期待できそうにないかな。
クラス分けの掲示を見に行けないから、先生に質問する。
「私たちって何組なんですか?」
「ふたりとも二年一組よ」
リカちゃんと同じクラスで、ほっとした。出席日数や授業時間で差異が出ないようにっていう配慮みたい。
アイドル活動が忙しい時は、学校を休むこともある――そのことは井上社長が話をつけてくれた。学校のほうも『赤点さえ取らなければ』と妥協してくれてる。
「まあ無理はしないようにね。あなたたちはアイドルであるとともに、れっきとしたうちの生徒なんだから」
「先生……!」
「倒れたなんてことになったら、風評被害がすごいことになりそうだもの」
「あ……はあ。そうですね……」
これでもリカちゃんがいるおかげで、優しくなったほうだよ。
リカちゃんは珍しそうに職員室を見渡す。
「先生ぇー、修学旅行っていつなの? あと文化祭とぉ」
「どっちも秋よ。夏休みが終わってからね」
夏休みまでのスケジュールについても、先生といくつか確認しておくことに。
ゴールデンウィークもライブで、夏はツアー。初めてのことに先生も戸惑ってる。
「何年か前に、うちの生徒が小説家になったのよ。あれ以来ね……」
「そんなひとがいたんですか?」
「あなたたちとはレベルが違うわよ。騒ぎになるって意味では」
やがてチャイムが鳴り、生徒は講堂のほうへ集まった。
私は先に二年一組のみんなと合流して、整列する。
「よう、御前! また同じクラスだな」
「みんな一緒なんだね」
私にとっての顔ぶれはそんなに変わってなかった。間もなく始業式が始まる。
まずは校長の挨拶やら、生活指導のお小言やら。
その間も生徒たちはそわそわしてた。あの玄武リカが転入、って噂が流れてるから。
「え……嘘でしょ?」
「本当だって! それっぽい子、何人も見かけたって……」
これも聡子さんの作戦だった。
いきなり玄武リカが登場したら、パニックになりかねないでしょ。だから、あらかじめ情報を流しておいたの。
期待も半分、疑惑も半分。そんな空気の中、壇上で動きがあった。
「――では、もう知ってるひともいるでしょうけど。今日から我が校の生徒となった、このかたを紹介します。玄武リカさん、どうぞ前へ」
おおーっと驚きの声があがる。
りかちゃんはパーカーを剥がし、みんなの前へ躍り出た。
「初めまして、玄武リカでぇーすっ! えーとぉ……同じ生徒として、これから……あと二年だっけ? よろしくお願いしまぁーす」
「きゃあああ~っ!」
この日、私の学校に激震が走った。
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