第104話
はこぶね荘に帰るや、私と奏ちゃんはリビングの隅っこで膝を抱える。
「ハア……」
こんなに奏ちゃんと心がひとつになったの、初めて。
それを杏さんが心配してくれた。
「どうしたのよ? ふたりして……学校で何かあったの?」
「放っとけばいいって。すぐ復活するんだから」
リカちゃんは呆れてる。
でも『すぐに復活』なんて言われたら、余計に立ちあがりたくなくなった。私も奏ちゃんも壁を背にして、限界まで小さくなるの。
だって……学校ではあっちで玄武リカ、こっちで玄武リカ。
奏ちゃんもL女で明松屋杏の人気ぶりを目の当たりにしたらしくって。
「杏ったら、お姉様よ? お姉様」
「へえー。私たちみたいな後輩がいなくても、別にいいんだ?」
奏ちゃんと一緒になって僻むと、杏さんは青ざめる。
「ちょ、ちょっと、学校のことは気にしないで……リカも何とか言ってちょうだい」
「一週間もすれば、落ち着くでしょー?」
結局、今日はリカちゃんにS女子学園をろくに案内できなかった。私もバスケ部の先輩に見つかって、今年こそって勧誘されてたし……。
そんな私もやっと顔をあげる。
「杏さんはクラブ活動、どうしてるんですか?」
「どこにも入部してないわ。合唱部と少し付き合いがある程度かしら」
歌えなくなる前の話かな? 歌えるようになった今でも、距離は取ってるみたいだね。
リカちゃんが杏さんの肩に乗っかった。
「それくらいなら、アタシも部活しちゃっていいってこと?」
「重いったら、んもう……。ちゃんと部員と話して、了解はもらうのよ?」
「じゃあ、ちょっとだけ見てまわろうっと」
うちの学校は明日も騒ぎになりそう。
「奏ちゃんはどうだったの?」
「……」
一方、奏ちゃんは神妙な面持ちで黙り込んだ。
代わりに杏さんが口を開く。
「L女の校風に気後れしちゃったみたいなのよ。そんなに構えなくてもいいのに」
「だ、だって『ごきげんよう』よ? 丸っきり淑女の花園じゃないの!」
ふーん……L女って噂通りなんだね。
メールが入ってて、私はあのアイドルのことを思い出す。
「L女といったら、刹那さんもいるんでしょ? 杏さんと同い年の」
杏さんと奏ちゃんが顔を見合わせた。
「同じクラスらしいわ。今日は欠席してたけど」
「新入生がパニックになるからって、先生が先手を打って、休ませたそうよ」
SPIRALの刹那さんとはプライベートでも親しくなれちゃったりして。週明けには刹那さんとカフェでお喋りする約束だった。
始業式は半日で終わったから、今日はまだまだ時間が残ってる。
マネージャーの聡子さんがリビングにやってきて、ぱんぱんと手を叩いた。
「いつまでもダベってないで、レッスンに行きますよー! ゴールデンウィークのコンサートに向けて、頑張ってください」
「はいっ!」
次のステージまで、もう一ヶ月とないもんね。
目標は六千人のお客さんを動員すること。メンバーそれぞれが自分のお仕事を頑張るのはもちろん、アピールもしていかなくっちゃ。
私たちはスポーツバッグを抱え、車で近場のレッスン場へ。
ダンスの指導にはプロの講師が当たってくれるの。
杏さんとリカちゃんは早くも息を乱し始めた。
「はあ、はあ……今度のもハードね」
「慣れたらどうってことないと、思うんだけど……奏は平気なわけ?」
奏ちゃんはバレエを習ってるおかげで、まだ余裕ある。
「あたしだってセンターほどじゃないわよ」
「……あ、私のこと?」
NOAHのセンターたる私、御前結依はダンスでこそ本領発揮。それはさておき、センターという言葉が引っ掛かった。
「リーダーならわかるんだけど……センターって『真中』ってことでしょ?」
「ええ。結依が中央に立って、わたしたちは脇を固めるのよ」
「……偶数で?」
奏ちゃんやリカちゃんはぽかんとする。
「あぁ、四人だから『真中がない』って言いたいのね」
「それって気にするとこ? SPIRALだって四人なんだしさあ」
確かにメンバーが偶数のグループもいるんだから、悩むことでもなかった。奇数を前提にしたって、メンバーが増減することはあるもん。
リカちゃんが発想を転換させる。
「ボーリングのピンは十本で、偶数でしょ? あんなふうに並べばいいんじゃない?」
「そっか……私だけ前に出て、みんなは後ろに並ぶ感じだね」
奇数でも偶数でも問題なかった。けど、業界の知識不足は痛感させられる。
「そーだ! みんなでボーリング行かない?」
「レッスンの途中でしょう」
ふと奏ちゃんが思わせぶりに呟いた。
「でも社長はNOAHに、あたしと一緒にもうひとり入れるつもりだったのよ。NOAHは五人でって構想が、あったんでしょうね」
私は逸る胸のうちを抑える。
「それって、まさか……五人目のメンバーが……?」
けれども杏さんはかぶりを振った。
「いるにしても、次のコンサートで合流はないでしょうね。練習の時間がないわ」
私の期待は早くも無に帰す。
奏ちゃんの加入は年明けから薄々、におわされてた。デビューコンサートの直後に仲間入りして、すぐに三月のライブに向け、レッスンが始まったんだっけ。
だから、仮にゴールデンウィークで新メンバーを迎える予定なら、とっくにこっちにも話が来てるはずなの。
「それに新メンバーを出すなら、もう公開しちゃってるでしょ」
「コンサートの宣伝になるものね」
ゴールデンウィークのステージはこの四人で挑むしかないんだ。
楽曲は『RISING・DANCE』と『ハヤシタテマツリ』、それから今回も『湖の瑠璃』は許可がもらえた。あとは奏ちゃんが調整中の、とっておきの一曲だね。
リカちゃんが仰向いて瞳を転がす。
「そーいえば……聡子さんが新曲にあてがあるとか、言ってたけど?」
「今からじゃとても間に合わないわよ。あたしの曲だって、まだ仕上がってないのに」
あれもこれも手を出したくなっちゃうなあ……。
休憩を切りあげ、私たちは振り付けの練習を再開する。
「も、もう無理……」
最後のほうで杏さんがバテた。
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