第95話

「そろそろ始まりまーす! ダンサーのみなさんは舞台袖へ移動してください」

「はーい!」

 今日のためにいっぱい練習したんだもん。頑張らなくっちゃ!

「咲哉ちゃん、ファイト!」

「結依ちゃんもね」

 私は右端で、咲哉ちゃんは左端。舞台袖の待機場所から違った。

 それにしても……ドームってすごいなあ。お昼の三時なのに、ライトを入れ替えるだけで、会場が夜明け前のような色合いに染まるの。

 まるで大きなプラネタリウムだわ。隅っこの非常灯さえ小さな星に思えてくる。

 大勢のファンは今か今かと主役の登場を待ち侘びていた。

 ドームの夜空に突如、七つの光が浮かびあがる。

 同時にけたたましい前奏が流れ始めて、ファンのボルテージにも火がついた。

「みんな、お待たせー!」

 ステージの上に四人のアイドルが並び立つ。

「集まってくれたみんなのために、まずは一曲! ……せーのっ」

「セプテントリオン!」

 ドームの天辺で北斗七星が輝いた。

 曲の律動に合わせて、私たちも両脇からステージへ雪崩れ込む。

 その瞬間から感じるのは熱、熱、熱。何重にもライトアップされた舞台は、もうサウナと化してた。ファンの歓声も大きな波となって、私たちを翻弄するの。

 足が竦みそうになった。

(胸張って、結依!)

 隣のダンサーが目線で私を鼓舞してくれる。

(うんっ!)

 目配せで答えながら、私は思いっきり背筋を伸ばした。

 困ったな……今になって緊張してる。でも気持ちいいのは間違いなかった。ダンスは身体任せにせず、頭も使って、指先まで意識を巡らせる。

 ……これなの。

 ずっと、これを確かめたかった。

 初めて舞台に上がったのは、偶然のこと。私はバックダンサーのひとりと勘違いされ、あれよあれよと観音玲美子のオンステージへ放り込まれてしまった。

 満足に踊れなくって、当たり前でしょ? それがずっと引っ掛かってたの。

 バックダンサーのお仕事、今度はちゃんとやり遂げたい。

 最初から最後までぶっ通しで踊りたいって。

 それを果たさないことには、私はNOAHの一員としてスタートできない気がした。そう井上さんに相談したら、すぐにもこのお仕事を紹介してくれて。

 納得がいくまでやりなさい、ってね。

 井上さんは私を信じてる。杏さん、リカちゃん、奏ちゃんも信じてくれてる。

 なのにリーダーが黒星でスタートなんて、格好がつかないじゃない?

 だけど――SPIRALの舞台はあたしの想像を遥かに超えてた。玲美子さんのコンサートとも『何か』が違って、やたらと気圧される。

 ファンの声が……重たい?

 その真っ只中を、SPIRALの綺麗な歌声が貫いていく。

「あなたのハートにバッキュン!」

「バッキュン!」

 後ろで踊りながらも、私は圧倒されちゃってた。

 ドームそのものが震撼する。花火でも爆ぜたみたいに、身体に空気がぶつかるの。

 有栖川刹那の熱唱はみんなを巻き込んで、さらにヒートアップした。私も飲まれてしまって、練習通りにダンスができてるのかも、わからない。

 冒頭の曲が終わったところで、バックダンサーの私たちは舞台袖へ引っ込む。

「はあ、はあ……」

 いつの間にやら息が切れてた。

 体力には自信があるつもりだったけど、疲労が凄まじい。

「飛ばしすぎよ、結依。ペース配分も考えて」

「う、うん……ごめん」

 MCの間は休憩できて、本当に助かった。次第に息も整ってくる。

 とにかく今はダンスに集中しないと。

 考えるのはあと。自分の務めを果たしてから。


 やがてアンコールを終え、SPIRALのコンサートは幕を閉じた。余韻に浸る間もなしに、スタッフは撤収の作業に取り掛かる。

 二時間ぶりに再会した咲哉ちゃんも、満身創痍だね。

「ものすごい熱気だったわ……。わたしったら、何回もミスしちゃって……」

「多分、私も。どんなふうに踊ってたか、あんまり憶えてないの」

 私たちは同じ色の苦笑を浮かべ、虚脱した。

 このお仕事を侮ってるつもりはなかったよ? 下手なダンスをしたら、井上さんやSPIRALに申し訳ない。自分のためにも、練習のうちから全力で取り組もうって。

 でも……正直言うとね、通用するって、少しだけ自惚れてた。

 先月のライブも、今月のライブも、大成功だったんだもの。キャリアのない私でも一端のアイドルになれたんだって、自信がつき始めてた。

 けど、私にはまだ何かが足りてないの。

 それはSPIRALの有栖川刹那にはあって、NOAHの御前結依にはないもの。

 漠然とした『何か』が、今日の私の疲労感を決定づけてしまった。

 私の隣で咲哉ちゃんも腰を降ろし、物憂げに呟く。

「お客さんが男の子ばかりだったせいかしら? みんな、熱狂してたわね」

「あ……そっか」

 言われてみれば、SPIRALのファンは男の子がほとんどだった。NOAHのファン層は女性に偏ってるから、それで空気が違ったのかな。

 ほかのダンサー仲間はもう着替えを済ませてる。

「お疲れ様、結依、咲哉も。SPIRALのライブはすごかったでしょー?」

「うん! ちゃんと踊れてたかな、私」

「心配いらないって。合格、合格」

「まだ明日と明後日もあるんだから。早く帰って、しっかり寝なよー」

 ハードスケジュールに気が遠くなってきた。

 夏のライブツアーはこれより大変なことになるのかも……?

 咲哉ちゃんは衣装のままで鞄を抱える。

「じゃあ、わたしもお先に。結依ちゃん、鍵をお願いしてもいい?」

「オッケー。また明日ね」

 前々から不思議には思ってた。咲哉ちゃんの着替えるとこって、一度も見たことないような……。まさか男の子ってことはないだろーけどね。

 私は着替えをあとまわしにして、SPIRALにお礼を伝えに行く。

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