第65話
「それでは十一番、始めてください」
奏ちゃんの利き手がギターの弦を弾いた。
イントロは切ない調べで始まり、わたしのキーボードも少しずつ紛れ込む。
うん……弾ける。
緊張してるはずなのに、練習した通りに指が動いた。
井上さんやナオヤさんも、会場のどこかでわたしたちのステージを観てるはず。審査で高評価を得るのも大事だけど、今は何より、奏ちゃんの歌声をみんなに届けたかった。
リズミカルな曲が多い中、わたしたちのバラードは異質だったみたい。客席のみんなは驚いたように息を飲む。
ギターの音色を振りきるように、奏ちゃんの美声が飛び出した。
眩しい街の中 ひとり佇む
ショーウインドウに 泣き顔が映った
男の子の声じゃないよ。音程は低くても女の子の声だから、中性的な響きがある。それが深みをもって、スタジオの空気に溶け込んでいく。
次の瞬間には曲調とともに、奏ちゃんの歌声もビートを刻み始めた。
捜してたダチを やっと見つけ
涙のワケを誤魔化す
今の奏ちゃんとなら――キーボードを演奏しつつ、わたしも思いきって口を開ける。緊張のせいで声が少し裏返っちゃったけど、構うもんか。
奏ちゃんもギターをかき鳴らしながら叫んだ。
苦し紛れの枯れた声 それはあんたのほうだったね
わたしたちの歌声が合わさって、ひとつの情熱的な旋律を生み出すの。
わたしの平凡な声でも、奏ちゃんのアルトを引き立てるには充分だった。ギターもキーボードも少しの間、主張を抑え、奏ちゃんの美声を際立たせる。
お節介なFRIEND 見透かされてる
わかったふうな笑みがむかつく
ごめんなさいはあんたの口癖 あたしの今のほんとの気持ち
たくさんのひとの前で歌ってても、ちっとも怖くなかった。頭いっぱいに意識しなくても、キーボードがひとりでにメロディを追いかけてくれる。
奏ちゃんのギターも生き生きとして、エネルギーに満ち溢れてた。
お節介なFRIEND あたしも知ってる
あんたもやっぱり寂しいんでしょ
ごめんなさいはあたしの口癖 ふたりだけの合言葉だから
ギターの弦が震える限り、フェードは続く。
歌い終わった時には、わたしも奏ちゃんも、肩で息をするほど疲弊してた。それだけに全力は出しきったはずで、むしろ気持ちいいくらいだよ。
自分の足でステージに立ったからこそ味わえる、この達成感。
胸の鼓動は一向に鎮まらず、まだまだ興奮冷めやらないカタルシスだった。
耳の外で大きな拍手が起こってる。それはわたしたちのステージに向けられたものなんだって、やっと自覚できた。
「ありがと、伊緒。あんたのおかげよ」
まだ結果が出てもいないのに、奏ちゃんの爽やかな笑みが弾む。
新しい声で歌えた奏ちゃんにとっても、意義のある舞台だったもん。バレエとロックで互いに目標は違っても、スタートは同じ一歩だね。
<Kanade・Tokimiya>
やっぱりギターとキーボードだけじゃ、こぢんまりとした印象かしらね。あたしの隣で伊緒のキーボードが伴奏に入り、あたしのギターを追いかけてくる。
きっと伊緒の胸も、あたしと同じ気持ちを抱えてた。
プロになるとか、もうどうでもよかったわ。あたしは全身全霊の力をギターに託しながら、独りぼっちの時は自暴自棄でしかなかった、あのフレーズを口ずさむ。
眩しい街の中 ひとり佇む
ショーウインドウに 泣き顔が映った
もし伊緒と会えなかったら、あたしが絶望から立ちなおることはなかった。このギターとも別れてたでしょうね。
でも伊緒のこと、最初から信じてたわけじゃない。そう――まさにショーウインドウの中であたしの後ろを通りかかった、通行人くらいの印象だったの。
捜してたダチを やっと見つけ
涙のワケを誤魔化す
苦し紛れの枯れた声 それはあんたのほうだったね
あの気弱な伊緒が涙を堪えてまで、あたしを歌わせてくれた。おかげで、あたしは自分の歌声の可能性を知ることができたの。
アルトの歌姫――。
枯れ果てていたはずの声が、潤いを増し、ギターの旋律と合わさっていく。
お節介なFRIEND 見透かされてる
わかったふうな笑みがむかつく
ごめんなさいはあんたの口癖 あたしの今のほんとの気持ち
あたしの怒りと悔しさを、伊緒は真正面から受け止めてくれた。なのに、あたしはそれさえもわからず、あの子に当たり散らしちゃってさ。
だから、あんなに惨めったらしい泣き顔を晒して、謝るしかなかったのよ。
伊緒には先に『ありがとう』って言うべきだったのにね。
お節介なFRIEND あたしも知ってる
あんたもやっぱり寂しいんでしょ
ごめんなさいはあたしの口癖 ふたりだけの合言葉だから
いつしか、あたしは夢中になってた。
伊緒と一緒に歌えることが嬉しくて、楽しくて、いくらでも声が出るの。これがあたしたちの曲なんだって、胸を張れる。
ただ、ひとつだけ不安はあったわ。伊緒にはバレエがあるから。そして、あたしは伊緒がバレエの劇団オーディションを突破することを、今日の評価よりも望んでる。
これがあたしと伊緒の、最初で最後のステージかもしれなかった。キーボードの演奏が止まっても、あたしのギターはもう一回……お願い、もう一回だけ。
お節介なFRIEND ずっと傍にいて
あたしはやっぱり寂しいんだから
ごめん、伊緒。アドリブしちゃった。
でも、こういうカッコつけた歌詞じゃないと、あたしは白状できないから。
そうしてあたしたちの演奏は終わり、数秒の間を置いて、拍手が起こった。最後のサビが不自然だったせいか、審査員は首を傾げてる。
伊緒も不思議そうに瞳を瞬かせた。
「……奏ちゃん?」
「なんでもないの。気にしないで」
ちょっと無責任かしら? けど、あたしはさっきの演奏に満足してた。
ありがと、伊緒。あたしに『可能性』をくれて。
その可能性をものにするためにも、あたしが頑張らないとね。
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