第64話


     <Kanade・Tokimiya>


 まさかナオヤのやつが早速、伊緒にちょっかい掛けるなんて……。

 あいつらが一次を突破できたのって、ナオヤが無駄に美形だからじゃない? そのくせ自覚はないから、タチが悪いわね。

 そもそもマリがナオヤをしっかり捕まえておかないのがいけないのよ、うん。

 なんてことを自然と考えてられる自分が、愉快に思えた。

「……ふふっ」

 笑いを堪えてると、伊緒が目を点にする。

「どうしたの? 奏ちゃん」

「別に。あいつらも二次で結果を出せたらいいなって、思っただけ」

 昔の仲間のこと、今は不思議と素直に応援できたわ。

 あいつらがあたし抜きで一次を突破したことにも、安心してる。

 何しろ作曲・ギター・ボーカルがまとめて抜けたようなものよ? 七月のコンクールは楽曲を投稿以前のところでお手上げだったはず。

 そこからナオヤはギターに転向して、ボーカルはマリかしら?

 キーボードの女子がボーカルってのは、かえってインパクトがありそうね。

 ただ、あたしが残した曲を演奏するとしたら、まずいかも。こっちじゃなくて、ナオヤたちに都合が悪いって意味よ。

 二次では演奏の技術は当然、楽曲のセンスも審査される。作曲者は他所のバンドにいるのに、その曲を使ってたら、不正とみなされる恐れもあった。

 ……まっ、そこはあいつらが上手くやるでしょ。

「伊緒も気をつけなさいよ? ナオヤに関わったら、マリに睨まれるから」

「マリさんはナオヤさんのことが好きなんだ?」

 そういえば、伊緒にバンド仲間の話をするのは初めてね。

 この子としては同じキーボード担当のマリが気になるみたい。

「マリさんも上手いんでしょ? 奏ちゃんと一緒にやってたくらいだし」

「そりゃね。ナオヤの妹の友達が、あの子でさあ……ナオヤ目当てで、キーボードやりますって、押しかけてきたってわけ」

 マリの目的が音楽より男だったことも、当時は気に入らなかったものだわ。こっちは真剣に音楽やってるのに、バンドをお手頃な出会いの場にされちゃあね。

 あたしも散々、あの子には誤解されたもんよ。

 でもマリにだって、抑えられない気持ちがあったのかもしれない。女同士なんだし、もっと相談に乗ってあげればよかった。

「あれでまた、ナオヤのやつが鈍感で……」

 昔のメンバーのことを愚痴ってると、伊緒が嬉しそうに笑った。

「えへへっ」

「な、何よ? 急に」

 たじろぐあたしに向かって、生意気にも、したり顔で突っ込んでくるの。

「奏ちゃん、なんだかんだでお友達のこと、心配してるんだなあって」

 恥ずかしいけど図星だった。

 照れくさくなって、あたしはそっぽを向く。

「心配してるんじゃなくて、呆れてんの」

「はいはい」

 この子はもう……。あたしをオモチャにしてくれちゃって。

 でも、おかげで胸のつかえが取れたわ。

 実はさっきまで、色んなこと考えてたんだけどさ。あたしたちの未熟な楽曲が一次選考を突破できたのは、井上社長の口添えがあったからじゃないのか、とか……。

 この手のオーディションは最初から採用バンドが決まってるって聞いたなあ、とか。

 そういう雑念はこれきりにして、伊緒と一緒に前を向く。

 伊緒を誘ったの、あたしだもんね。


     <Io・Misono>


 いよいよコンクールの二次審査が始まる。

 それほど多くない関係者だけでやってるから、あちこちに空席があった。ステージだけライトアップするような演出もなくて、リハーサルって感じ。

 一次審査を突破しただけあって、どのバンドもすごく上手かった。ギターにしても、奏ちゃんと同じくらい……ううん、それ以上のひとだっているかも。

 奏ちゃんも多分、同じこと考えてる。

「選りすぐりのバンドってわけね。どいつもこいつも、いい腕してるわ」

 もちろん他所のグループは、ギターの音をベースで引っ張ったり、ドラムで曲調に厚みを持たせたりできた。

 わたしたち、ギターとキーボードだけで勝負できるの?

 エントリー六番はナオヤさんのバンド。ドラムのシンジさんがスティックでカウントを取り、イントロのうちから一気に音を氾濫させる。

 ベース担当のひとは、さっきは一緒にいなかったよね。

 わたしの隣で奏ちゃんが呟いた。

「ふぅん。どっかの作曲家と契約したみたいね」

 でも演奏のボリュームが大きいせいで、よく聞き取れない。

 そんな奏ちゃんの横顔には寂しさが垣間見えた。ナオヤさんたちのステージをまじまじと見詰めながら、何かを堪えるように押し黙ってるの。

 もし歌声を失うことがなかったら、奏ちゃんはあの真中で歌ってたんだもんね。

 新しい歌声を手に入れたからって、簡単に割りきれるわけないよ。

 だから――わたしは奏ちゃんの手にそっと触れた。

「……伊緒?」

「ちょっとだけ。ね?」

 ふたりで手を繋いで、ほんの一部とはいえ体温を共有する。

 その後も二次審査は八番、九番とつつがなく進んだ。

「そろそろね、伊緒」

「うん」

 わたしたちも準備のため、控え室のほうへ。

「頼りにしてるわよ。あたしのギター」

 奏ちゃんが表情を引き締め、愛用のギターを肩に掛ける。

 わたしにとっても、ピアノの代わりくらいに思ってたキーボードが、なんだか頼もしく思えてきちゃった。履き慣れたトゥシューズくらい信頼できる――気がするの。

「伊緒の初舞台ね」

「だ、大丈夫だよ。任せてっ!」

 今日のために路上ライブで予行演習だってした。

 このステージの先には夢があるんだもん。頑張らなくっちゃ。

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