第55話


     <Io・Misono>


 奏ちゃんがバレエの練習を増やしてくれたのに、こっちは学校で補習だなんて……。

 今日は補習もないから、予定通りスタジオのほうへ直行。

 そこで偶然、明松屋杏さんとすれ違った。

「あっ、こんにちは! 杏さん」

「こんにちは。元気そうね」

 心なしか杏さんの表情が明るい。前はもっと神妙な印象だったもん。

「何かいいこと、あったんですか?」

「うふふっ。ちょっとね。レッスンで上達してるのが実感できて、楽しくって」

 杏さんでも上手く行ったり、行かなかったりってことがあるんだなあ。

 確かNOAHっていうグループのメンバーになったんだって。

「そういえば、あなたのパートナーって、まだ会ったことがなかったわね」

「杏さんと同じL女に編入するそうですよ?」

 杏さんも奏ちゃんも学校の勉強はできるんだよね。

 それに引き換え、わたしったら……はあ。

 なんてふうに溜息をついたら、杏さんに笑われちゃった。

「結依と同じ顔してるわよ? あぁ、結依っていうのはNOAHのメンバーでね」

 杏さんのほうはこれから打ち合わせみたい。

「それじゃ、失礼します」

「あなたも頑張ってね、美園さん」

 わたしは杏さんと別れ、スタジオで奏ちゃんを待った。

 時間ぎりぎりになって、奏ちゃんが慌ただしく駆け込んでくる。

「お待たせ、伊緒! さっきレンタル寄ってたら、時間食っちゃってさあ」

「レンタル?」

 もしかしてバレエのDVDかな。

 でも、それならバレエ教室の資料室で借りられるよね。お金も掛からないし。

 そもそもレンタルショップにバレエのDVDはなかったような……。

「あたしなりに『ジゼル』を勉強しようと思ったの」

 タイトルを聞いて納得。

 劇団が候補生を選出するためのオーディション、次回は『ジゼル』がお題になってるんだよ。第一幕のジゼルと第二幕のジゼルを、いかに演じ分けられるかが肝だった。

「響子に聞いたのよ。伊緒はもう高校生だから、技術以外のところもしっかり審査されちゃうって。だから『ジゼル』をもっと読み解くために……」

「ちょっと待って? 奏ちゃん」

 意外な人物の名前が出てきて、わたしは口を挟む。

「いつの間に響子ちゃんと会ったの?」

「伊緒が補習でバレエ教室に来なかった日に、ね。帰りにお茶もしたわ」

 どういうこと? わたし、響子ちゃんとお茶したことなんて一度もないのに。しかも奏ちゃんにケーアイで、証拠写真まで見せつけられてしまった。

「ほら。そん時のがこれ」

 自撮りのアングルで奏ちゃんと響子ちゃんが、ほんとに一緒に映ってる。

「ずっ、ずるい!」

「ずるいって言われても……伊緒が補習なんて受けてるからでしょ」

 どうしてだろ? わたしは小さい頃から、響子ちゃんと仲良くしたいって思ってた。だけど響子ちゃんのほうは、わたしをライバル視するばかりで。

 何度も怒らせちゃったし、うまが合わないのかなって、諦めかけてたんだ。

 なのに奏ちゃんは響子ちゃんと出会ってすぐ、一緒にお茶まで……?

「また会うから、そん時は伊緒も来たら?」

「い、行く! 絶対行くもん!」

 奏ちゃんって、わたしにはないものを持ってるんだなって、改めて感じる。今のわたしに足りてない『度胸』も、奏ちゃんは当たり前のように持ってた。

 ストリートライブだってしちゃえるくらいの勇気。

 わたしにもバレエで同じことができたら、どんな気分になるのかな?

「そうそう。でね、レンタルしてきたのよ」

 奏ちゃんは鞄を開け、DVDを山ほど取り出す。

 ところがDVDのタイトルは『死霊』や『怨念』とか、おどろおどろしいものばかりだったの。バレエの資料にしては、ジャンルが違いすぎるよ?

 奏ちゃんの笑みがいつになく怪しかった。

「リカに……友達の映画バカに、幽霊が出るやつを教えてもらったの。『ジゼル』第二幕の参考になるんじゃないかと思って。今夜は夜通しで見るわよ、うちで」

 お泊りのお誘いは嬉しい。だけどホラー映画の鑑賞会じゃ、とても喜べなかった。

「それにほら、こういうのに慣れておけば、度胸もつくかもしれないでしょ?」

「やっ、やだやだ! 怖いのはやだってば!」

 わたしは我が身をかき抱いて、鳥肌が立つのを堪える。

 奏ちゃんは意地悪そうに唇を曲げた。

「研究よ、研究。『ジゼル』の第二幕をどう踊るのかっていう。別にぃ、伊緒を怖がらせて楽しもうっていう、あたしの個人的なアレじゃないからさあ~」

 面白がってるに違いない。

「響子も呼んであげるから。ね?」

「きょ、響子ちゃんは劇団の練習で忙しいし? ホラー映画はまたの機会に……」

「次なんてないのっ。いーい? あたしには伊緒の『ジゼル』を完成させるっていう、大切な使命があるんだから」

 こうして真夜中のホラー映画鑑賞会は敢行されてしまった。メンバーはわたしと奏ちゃん、それから響子ちゃんも。

「ひいぃいいい~っ! 聞いてないわよ、こんなの!」

 一番怖がったのは、意外にも響子ちゃんだった。

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