第56話


     <Kanade・Tokimiya>


 前に応募した、ゲームのBGMのコンペは落ちちゃったわ。

 それもそのはず、あたしも伊緒もゲームしないんだもの。自分が知らないものを作るなんて、無理に決まってるじゃない。

 とはいえ、別に落ち込むほどでもなかった。最初から落選するのはわかってたし。井上社長もあたしにプロの仕事(の悪い面)を経験させたかっただけ、みたいだから。

 今は年明けの楽曲コンクールに向けて、準備に集中してる。

 新年早々に開催されるのは、一年のスタートに弾みをつけるためだそうよ。年末年始は誰しもダラけがちだから、差がつく時期でもあるわね。

 そして一月の下旬にはバレエの劇団オーディション。被ってくるのよ、こいつも。

 昔は秋にやってたらしいけど、入団を年度のスタートに合わせたんだって。それに小六や中三だと、進路の関係でキャンセルすることが度々あったんだとか。

 だから採用を決め次第、押せ押せで入団させろ、ってね。

 年明けに備えて、スケジュールを見直しておく。

 年末はまず劇団の公演『白鳥の湖』を見に行くでしょ? で……年が明けたら楽曲コンクールの二次審査があって、最後に伊緒のオーディションか。

 二次審査のためにも、まずは一次審査を突破しなくちゃならないんだけど。

 楽曲コンクールの一次は、曲のデータを投稿する形になってるの。今頃はナオヤたちも曲を調整したり、練習に没頭してるはずよ。

 あたしは伊緒とデュオで応募するつもり。ただ、VCプロ御用達のスタジオまで出向くのが、ちょっと面倒なのよね。

 なんて話をしたら、工藤先生が嬉しい提案をしてくれた。

「だったら、うちのレッスン場を使っていいわよ。お掃除くらいはお願いするけど」

「本当ですか?」

「コンクールまでね。美園さんにもバレエの練習場所が必要だし」

 音楽では周囲の反感ばかり買ってたから、こういう厚意は初めて。ありがたくレッスン後の教室を使わせてもらうことにする。

 壁は防音仕様になってるから、遠慮もいらなかった。

 伊緒の分のキーボードだけVCプロから持ち込んで、書きかけの新曲を反芻する。

「ねえ、奏ちゃん? ここ……もう少し間を空けたほうがいいと思うの」

「ふんふん。そっちで攻めるのもアリね」

 前よりは伊緒も積極的に意見を出してくれるようになった。

 この子、割と音楽方面のセンスもいいのよね。あたしの見落としてるとこを的確に拾ってくれたりするから、助かる。

 ナオヤたちと組んでた時はわたし、よくキーボードのマリを『わかってない』って突っ撥ねたりしてたっけ。あんな調子で名曲ができると思ってたのが、今は恥ずかしい。

「ここも、ギターの主張が強いんじゃないかなあ」

「いやいや。それはないでしょ」

 でも、やっぱり主導権はあたしが握ってた。

 曲を作るなら、時には我も通さなくちゃいけないの。要は按配が大事ってこと。

 新曲のほうも『ジゼル』の二面性をヒントにして、ビジョンが固まってきた。当初はあたしの孤独を自暴自棄に歌ってたものが、デュオによって化けつつある。

「そろそろ一次の提出、しないとねー」

「うん。でも……」

 キーボードを見詰めながら、伊緒は視線を落とした。

「ちゃんと受かるかなあ?」

 BGMのコンペと違って、今回はあたしたちの努力の結晶を送り出すんだもの。認められなかったら、あたしたちは『素人と同じレベルでしかない』ってことになる。

 前は『望むところよ』って思ったけど、今は正直、あたしも怖かった。

「やってみないと、わからないってば」

 声に出して、伊緒じゃなく自分に言い聞かせる。

 こうやって伊緒と曲を作るのは楽しいわよ。あくまで『趣味』ってスタンス、昔ほど否定する気にはなれなかった。

 けど、やっぱり『プロになって、みんなに聴いて欲しい』という願望もあって……。

 これで選考に落ちたら、ショックなのは間違いないわ。

「プロになるって、なんなのかしらね。あんたのバレエにしてもさ」

 何気なしに呟くと、伊緒も憂い顔になった。

「えぇと……バレエだと、大作に参加できるとか……?」

 ワンシーンの群舞で何十人も踊るような規模の作品は、それこそ劇団でないと実現できない。その群舞にしたって、ひとりひとりがれっきとした『プロ』なのよね。

「この役が演りたいっていうのは、よく聞くよ」

「だけど実際にプリマになれるのは、ほんの数人でしょ?」

 プロのバレリーナになれたとしても、大抵はヒロインを演じることなく終わる。それでもダンサーは矜持を抱き、一丸となって、最高の舞台に心血を注いだ。

 きっと、あたしたちとは覚悟からして違うんでしょうね。

 単に技術さえあればって話じゃないの。それを見極めるために催されるのが、楽曲コンクールであって、劇団オーディション。

「今は一次選考の曲を作ろ? 奏ちゃん」

「そうね。やっと手応えの感じられる曲になってきたもの」

 あたしたちは気を取りなおし、作曲に専念する。来週にはスタジオで収録して、コンクールに応募かしら。

 きりのいいところで一息つく。

「ところで……伊緒、土曜は空けてくれてる?」

「うん。でも奏ちゃん、芸能活動って……」

 伊緒は不安そうに視線を迷わせた。

「大丈夫! ストリートライブさせようってんじゃないから。ねっ」

「ほんとかなあ……」

 もう少しパートナーを信用して欲しいもんだわ。


 そして土曜日。デパートの屋上にて、あたしは怪獣に遭遇する。

「奏ちゃ~ん」

 怪獣にしては情けない鳴き声ね。

 美園ザウルスは頭部を外すと、可愛らしい正体を現した。伊緒はタオルを頭に巻いて、怪獣のスーツアクターを体験中なのよ。

 本日の芸能活動はリカに紹介してもらった、お子様向けのヒーローショー。

 伊緒は恨みがましい目つきで、あたしに許しを請い始めた。

「どうしてわたしが怪獣なの? うぅ……」

「じゃあ、司会と変わる?」

「そ、それは……」

 一方のあたしは司会進行のお姉さん。残念だけど、伊緒には無理よね。

 伊緒にヒーローショーなんて、玄武リカに提案された時は冗談かと思ったわ。でも怪獣のスーツアクターなら、顔は出さずに舞台を経験できるってわけ。

 それに……恥ずかしがり屋の伊緒がよちよち歩くの、怪獣っぽくて面白かった。

「バレエと関係ないよ? これ……あ、あれ? 前が」

「このあとはデパ地下で呼び込みよ。ギャラも出るんだから、頑張って!」

「それより頭! 方向戻して~!」

 ふたりで駆け出しアイドルになった気分ね。

 ふと井上社長との会話を思い出す。

『伊緒も一緒に、と考えてるのよ。その場合は本命のバレエをしばらく休んでもらうことになるでしょうけど』

『それって、やっぱりバレエ業界を盛りあげるため……ですか?』

『否定はしないわ。でも、そういうのは抜きにして――』

 あたしは伊緒にまだ話してないことがあった。

 それを話せば、今の伊緒との関係は今後も続けられるかもしれない。けど、その小さな期待は胸に仕舞い込んでおかないと。

 伊緒にはバレリーナになって欲しいから。

 舞台であんたが踊ってるところが見たいのよ、本当に。

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