第40話 『お節介なFriend』
<Io・Misono>
高校一年の夏休み。ひとつ手前の駅で、わたしは『その子』が来るのを待つ。
目的の駅は混雑しそうだからって、待ち合わせの場所をずらしてみたの。けど、それは大失敗。小さな駅のホームでは直射日光から逃げようがない。
こんな駅だから、待合室は満員だった。しかたなくわたしは自販機の陰に立ち、せめて日差しだけでもやり過ごす。
空気そのものに熱がこもってて、蒸し暑いなあ……。
今日のコーディネイトはお気に入りのミュールに夏物のワンピースを合わせてみたよ。靴から先に決めちゃうのは、趣味のせいかな。
もうすぐ約束の三時。各停の電車が停まり、通過待ちを報せる。
同じタイミングで携帯が鳴った。
『もしもし、美園さん? 朱鷺宮だけど。もう駅にいるの?』
それは昨夜『初めて』電話でお話した、わたしと同い年の女の子から。向こうでも通過待ちの放送が流れてる。
「え、えっと……自販機のとこに」
『なら、すぐ乗って。電車の中で合流しましょ』
わたし、自販機の前で合流することばかり考えてた。でもここは蒸し暑いし、目の前の電車を逃したら、さらに十分ほど待たなくちゃならない。
『一番後ろの車両でね。あたし、携帯にギターのストラップ、つけてるから』
「あ、わたしはパンダ。ちょっと待ってて」
電車に乗り込むと、冷えた空気がわたしの肌から熱を奪った。真夏とはいえ冷房が効きすぎな気もする。その割に空いてるのは各停の電車で、中途半端な時間だから。
間もなく列車はドアを閉め、揺れるように動きだした。
最後尾の車両にも充分な数の空席はあるけど、立ってるひともいる。ドアの傍にいるデニム系の女の子は、携帯に三角形のストラップをぶらさげてた。
ギターってことは、この子が……。
「あのぅ、と……朱鷺宮奏(ときみやかなで)さんですか?」
彼女は澄ました表情を変えず、ちらっと視線だけ、わたしに寄越す。
「そうよ。あなたが美園伊緒(みそのいお)って子ね」
お互い顔を会わせるのは、これが初めて。わたしは緊張しつつ、パンダのストラップを彼女に見せつける。
「チケットは持ってきた?」
「は、はい。朱鷺宮さんの分はこれです」
「敬語とかいらないってば。同い年でしょ、あたしたち」
電話でお話した時も思ったけど……朱鷺宮さん、女の子にしては声が低かった。こうやって顔を向かいあわせてても、別の誰かが喋ってるのってくらい、違和感があるの。
髪は爽やかなショートで、ジーンズも相まって中性的な印象を醸し出してる。鞄は持たずに、大きめのウエストポーチで代用してた。
靴はオーソドックスなスニーカー。
「……じろじろ見て、どうかした? ライブ行く格好としては普通でしょ」
朱鷺宮さんはヘッドフォンを首に掛けなおし、眉を顰める。
「ご、ごめんなさい」
「別に怒ったわけじゃないから。伊緒……だったわね」
わたしと朱鷺宮さんの間はぎくしゃくとした。わたしは生来の気の弱さもあって、どうしても相手の顔色ばかり窺っちゃうの。
「あたしのことは『奏』でいいわ」
「えっと……じ、じゃあ、奏ちゃん……?」
「だから、それでいいってば」
対する朱鷺宮さん――じゃなかった、奏ちゃん、物言いもさっぱりとしてた。
「あなたは観てるの? 観音怜美子のドラマとか」
「うん。学校の友達も教室の友達も、みんな観てるよ」
「……教室の?」
でもわたしとは目を合わそうとせず、プレーヤーを弄ってる。
ケータイじゃなくプレーヤーを使うのは、それだけ音楽が好きってことだよね。ヘッドフォンもいかにも高価そうな代物で、ファッションの面でも説得力ある。
「えぇと、教室っていうのは……」
「あたしはドラマなんて観ないから、正直言うと乗り気じゃないのよね。今日の」
わたしがオドオドしてるうちに、奏ちゃんはぼやくように続けた。
「まっ、社長に『観てきなさい』って言われちゃ、ね。あんたも似たようなもんでしょ」
「うん……勉強になるだろう、って」
わたしと奏ちゃんは今からアイドルのコンサートに行くの。
コンサートの主役は才色兼備の超有名アイドル、観音玲美子(みねれみこ)。ルックスはもちろん、歌唱力や演技力も高く評価され、熱狂的な人気を誇ってる。
わたしは社長の井上さんにチケットを二枚持たされ、同僚らしい朱鷺宮奏ちゃんと一緒に、今日のコンサートを見に行くことになった。
わたしには何が何だか。ひとりじゃないのは助かるけど……。
社長さんの指示には奏ちゃんも戸惑ってるみたい。
「伊緒は社長から、なんか聞いてたりしないわけ? あたしのこと」
「ううん。一緒に行きなさいってだけで……」
「こっちと同じね。あたしたちをどうしたいんだか」
やがて目的の駅に到着した。一番後ろの車両に乗ってたおかげで、改札が近い。
「奏ちゃんは来たことあるの? このへん」
「今から行くコンサートホールも、何度か行ったわよ。推しのライブでね」
大きな駅だから空調は効いてるけど、ひとも多かった。わたしは少し遠慮がちに、それでも奏ちゃんにぴったりとくっついて、はぐれないようにする。
歩くのが早いなあ、奏ちゃん……。
「出口だよ? 出ないの?」
「外は暑いでしょ。だから地下を通っていくの」
わたしなんかより要領がよくって、ちょっと怖いけど頼もしかった。
ほかのみんなも炎天下を歩く気はないみたいで、地下は混んでる。おかげで奏ちゃんのペースも少し落ち、ほっとしたのも束の間、また離れちゃいそうになった。
コンサートホールに辿り着いた頃には、へとへと……。
奏ちゃんはさっきコンビニで買ったジュースで、一息ついてる。
「奏ちゃん、わたし、飲み物買ってくるね」
「え? なんで寄ったついでに買わなかったのよ?」
「う……あの時はいいかなって、その」
こういう要領の悪さが、わたし、美園伊緒の欠点だった。今日の待ち合わせにしても、ちゃんと考えたつもりが色々と抜けてたでしょ?
柔軟な思考が苦手っていうのかなあ。買い物でもよく二度手間になったりする。
しかしコンサートホールの自販機は、あれもこれも売り切れだった。お客さんの数が多すぎて、供給が追いつかないのかも。売り子さんも忙しそうにしてる。
「熱中症にご注意ください! ドリンク、ありますよー!」
混雑のせいで近づけず、おろおろしてると、奏ちゃんに背中を押された。
「待っててあげるから、買ってきなさいって」
「ご、ごめん……」
「そうやってすぐ謝るの、癖なの?」
わたしの印象、どんどん悪くなってるかもしれない。
子どもの頃からわたし、いつも弱腰で、引っ込み思案なところがあって……。あの『舞台』に立てるチャンスをふいにしたのも、一度や二度じゃなかった。
わたしはなんとかドリンクを調達して、奏ちゃんと客席へ。
チケットの指定通り、一階中央のやや右寄りっていう、それなりの好位置につく。
「今日はライブって感じじゃないわね。映画館にでも来たみたいだわ」
奏ちゃんは気怠そうにステージの緞帳を眺めてた。幕が降りてるせいかな、あんまり期待してないみたい。
「そう? 舞台が始まる前って、こんなだと思うけど」
「あぁ、あんたもなんかやってるんだっけ」
わたしにとっての舞台は幕が開くことで始まり、幕が降りることで終わる。
公演がそうだもん。あの分厚い緞帳は、こっちとあっちの境界線――。
「何やってんの? 伊緒は」
「わたし……えっと、小さい頃からバレエを……」
奏ちゃんは意外そうに目を丸くする。
「バレエって、あの踊るやつ? 『白鳥の湖』とか演るの?」
「そういう大作に出たことは一度もないよ。劇団の団員ってわけじゃないから」
この女の子はバレエのこと何も知らないんだって、すぐにわかった。
最初に『踊るやつ?』と聞いたってことは、バレーボールも一緒にイメージしたんだろうね。それにバレエに関心の薄いひとって、大抵『白鳥の湖』を挙げるの。
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