第8話
週が明けてからというもの、私は教室の机で頭を転がし、悩んでた。
「はあ……どうしよ」
あれから杏さんと一緒にレッスンしたり、リカちゃんと一緒にゲームしたり、といった交流は続いてる。これが『友達』だったら問題ない。
しかし井上さんはユニット結成を譲らず、昨日なんて私が説教されてしまった。
『遊んでるくらいなら、ユニットの件をまとめてきなさいっ!』
私たちのユニット結成は変更不可で、もう確定していることらしい。
『売り出すための戦略よ。頑張りなさい』
井上さんにも考えあっての判断だってことは、わかってる。だけど『商品扱い』されてて、モチベーションを保てるわけないじゃない。
なんで私、芸能活動なんか始めちゃったんだっけ……?
最近はそんな疑問に立ち返ることもしょっちゅうで、整理がつかなかった。
明松屋杏さんは歌手業に集中したいから、ユニット活動どころじゃない。
玄武リカちゃんは子役のジンクスに私たちを巻き込みたくない。
そして私には、プロのふたりと肩を並べてやっていく自信がなかった。杏さんたちの知名度に頼ったところで、恥をかくのは自分だってこと、ちゃんと認識できてる。
「御前さ~ん! 聞いてる?」
「あ、すみません! すぐ読みます!」
不意に呼ばれて、私は反射的に国語のテキストを拾いあげた。
ところがすでに授業は終わり、ホームルームになってる。クラス委員は黒板に大きく『文化祭について』と書いていた。
恥をかいた私は教科書を被り、顔を隠す。
「みなさん、今のはなかったことにしてください……」
「しっかりしなよ、結依。数学も全然聞いてなかったでしょ」
文化祭は今週末の二日間。明日の午後から準備を始める段取りで、ホームルームでは買い出し班の選出などがおこなわれていた。
「結依、当日は空けててよ」
「大丈夫、前から言ってあるし」
芸能界入りについては、内緒にしてる。友達にもバイトで誤魔化していた。
やっぱり失敗して『できませんでした』じゃ、恰好つかないもん。
それこそ『アイドルユニット始めます』なんて白状しようものなら、卒業まで赤っ恥を背負うことになりかねないわ。
クラスメートの男子が暢気にぼやく。
「私立のやつら、文化祭で芸能人呼ぶんだってさ。うちも誰か来ねーかな?」
私立高校では著名人の登場が、至って普通のことらしいわ。
この学校にも、卒業生に書道家の大先生ってのがいるそうだけど、お客さんを呼び込むには弱い。当然、駆け出しの私にコネなんて、あるはずもなかった。
「みねみーとか来て欲しいわね」
「あれ、結依って、みねみー好きだっけ?」
全員で無力感に打ちひしがれながらも、当日までの段取りを決めておく。
続いて、文化祭の招待状が配られた。ひとりにつき五枚ずつね。
「足りなかったら言ってー」
「ごめーん! わたし、十枚欲しいんだけどー」
せっかくの招待状、渡したい相手が頭に浮かんだ。杏さんは難しいかもしれないけど、リカちゃんは来てくれそうな気がする。
誘ってみるだけでも、ね。
他意なんてない。ユニットの件は別として、もっと仲良くなりたいもの。
誘ったからって、杏さんたちも『井上さんの差し金』なんて邪推はしないはず。
隣の席の友達が、私の招待状を覗き込んだ。
「ねえ、結依は元カノ、連れてくんの?」
「ちちっ、ちょっと? いきなり何の話よ! 何の!」
私は赤面し、慌てて招待状を仕舞い込む。
「たまにケータイの写メ見て、寂しそーにしてんじゃん。中学の後輩?」
「そ、そーいう関係じゃないから」
実は『ごっこ』とはいえ、そういう関係だったなんて、言えるわけない。
誘えなくもないけど、私から声を掛けたら、未練がましく思われちゃうかなあ……。今は受験勉強で忙しいだろうし。
……うん、決めた。杏さんとリカちゃんを呼ぼう。
あとは中学時代の同級生と、バスケ仲間と。で、例の後輩は……。
はあ。呼ばなかったら呼ばなかったで、あとでなんか言われそうだしなあ。
こういう時、クラスの出し物が無難なものだと助かるわね。ヤキソバ屋なら、知り合いに見られて恥ずかしい思いをすることもない。
とりあえず杏さんとリカちゃんにメールしてみた。
数分もしないうちにリカちゃんから、顔文字入りの返事が返ってくる。
『絶対行く! そーゆーの行ったことないから、ちょー楽しみ!』
律儀な杏さんからも、今夜には返事をくれそう。
そうそう、これくらいの友達でいいよね。
平凡な高校の文化祭なんて、生粋の芸能人には物足りないかもしれないけど。ふたりの参加は私にとっても、大きな楽しみになりつつあった。
☆
週末の文化祭は、気持ちいいくらいの快晴となった。一年生の私には、去年と比較することはできないけど、客入りはまずまずといったところかな。
「みさきち、またね~。来週はうちの文化祭だから」
「ごめんね、あんまり案内できなくて」
来客を迎えたり、見送ったりとせわしない。でも、これが楽しい。
私のクラスのヤキソバ屋さんも好評みたいだし。
文化祭は昨日と今日の二日間。ヤキソバ屋のお仕事は昨日で担当分を片付けたから、今日はずっと遊んでいられる。
それでも中庭のヤキソバ屋は拠点で、様子を見に戻ることもあった。
店番のクラスメートが私を見つけ、『急いで』と手招きする。
「やっと来た! 結依、ケータイ見なよー」
「えっ? ごめん。気付かなかった」
中学時代の同級生を見送ってる間に、連絡が入ってたらしい。
「ほら、この子。結依を探してたんだよ、友達でしょ?」
ヤキソバ屋の前では、帽子を目深に被ってる女の子が佇んでいた。黒縁の眼鏡を掛け、ぱっと見ただけでは誰なのかわからない。
「……結依、今日は招待してくれて、ありがとう」
「あ~! 杏さんっ?」
驚くついでに、つい私は彼女の名前を口走ってしまった。
でも『明松屋』とは言わなかったから、クラスメートにはわからなかったはず。
「ご、ごめんね、みんな。ちょっとまた案内行ってくるから」
ひやひやしつつ、私は杏さんの手を引いた。
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