第7話
驚いたのは私じゃなくて、リカちゃんのほう。
「……そんなに食べるの? カロリーとかヤバくない?」
「ふぉお? もぐもぐ……」
私がビッグサイズのバーガーを2個ほど注文したのが、信じられないらしいわ。
向かいのリカちゃんはハンバーガーひとつとポテトだけ。
「晩ご飯とか、あるんでしょ?」
「ちゃんと食べますよ。これでも中学の頃より、減ったくらいで」
私、炭水化物ではあんまり太らないのよ。
「お菓子はヤバいんですけど」
「あー、糖質で太っちゃうタイプ? いるよね、どっちかに偏ってるひと」
女性には脂質タイプと糖質タイプの二種類が存在するとか、カロリーの効率的な消費方法とか、しばらくダイエット講義が続いた。さすがビジュアルを売りにしてるだけのことはあって、リカちゃんのダイエット知識は造詣が深い。
理想的なラインのスタイルも、努力の結晶ね。
お化粧も上手に違いない。向かい合ってると、長睫毛の造形美に見惚れてしまう。
髪も染めているにしてはさらさらとして、艶やかな光沢を放っていた。こういうアイドルが宣伝したら、シャンプーも飛ぶように売れるんだろうなあ。
だけどお高くとまった印象もなかった。
「ふぉおほぉ、はっきはらひになっへたんらけどひゃ」
「……何言ってるかわかんないです、玄武さん」
本当に同世代の友達と話してる感覚で、ですますつけるのを忘れちゃいそう。
リカちゃんがコーラを咽に流し込む。
「ぷはあっ! さっきから気になってたんだけど。その『玄武さん』っていうの、やめてくんない? あと敬語とかもいらないし」
「そ、そうですか? あっ、じゃなくて……えぇと?」
「だからさ、気軽に『リカ』って呼んでくれればいいから。せっかく同じ事務所で、歳も同いなのに、堅苦しいのヤなの」
リカちゃんがそう言うから、私も気楽にさせてもらうことにした。同い年だし、一応は同僚らしいし。実は玄武リカちゃんとお近づきになれて、ちょっと嬉しい。
「じゃあ……リカちゃんでいいよね。よろしく」
「そぉそお! ん~、遊んだあとのゴハン、美味しい~」
リカちゃんは先輩風を吹かせることもなく、肩の力を抜きまくっていた。ハンバーガーでご満悦って、普段はどんなご飯を食べてるのかな。
「で? どうしてあたしのこと探してたの?」
「へ? それは……えっと?」
質問されている側なのに、私も疑問符で返してしまった。
どうやらリカちゃん、ユニット結成の件を忘れちゃってるらしい。
「ほらさっき、井上さんがユニットがどうとか。杏さんは乗り気じゃないみたいだったけど、リカちゃんはどうなのかな、って」
「あー! そうそう、思い出した! そんな話だったっけ」
リカちゃんが人差し指をぴんっと立てる。
「松竹梅ってユニット名でデビューするんでしょ。ありえないってば」
二個目のハンバーガーをかじる私の前で、リカちゃんは大げさにかぶりを振った。
「猪鹿蝶であたしが蝶ってんなら、考えなくもないけどさ」
「いのしか……何て?」
「あ、知らない? ごめんごめん、忘れて」
リカちゃんの右手がストローで、氷だらけのコーラを無造作にかきまわす。
「ユニット自体は面白そうって思うよ? でも組むんなら、結依と……カ、カガ?」
「明松屋さん、ね」
「そう、それ。あの子とふたりでデュオにするか、ほかの子探して。あたしと一緒はやめといたほうがいいっていうか……」
妙に謙遜する言い方が引っ掛かった。見た目には自信に満ちてる彼女から、自嘲めいた言葉が出てきたことが、不自然でならない。
知名度でいったら、三人の中ではリカちゃんが一番のはず。にもかかわらず、自分こそがユニットの足枷になると言わんばかりなんだもの。釈然としないわ。
「理由があるの?」
杏さんの件もあって、私は内心、問いかけを躊躇した。
リカちゃんがコーラの氷を強引にかき混ぜる。
「さっきゲーセンで遊んでた時、ギャラリー多かったでしょ? でも、その中にあたしのこと知ってる子って、いた?」
言われてみれば、そうだったかも。
ギャラリーの中学生たちは誰も、目の前にいるのが玄武リカちゃんだってことに気付かなかった。それ以前に、それほどの有名人を事務所がひとりで遊ばせるはずもない。
リカちゃんは肘をつき、ふてくされた。
「もうみんな、玄武リカなんて忘れちゃってんの。子役は大成しないっていうジンクスの典型、ってやつ? お仕事も減ったし。去年まで大手のプロにいたんだけど、なんかミジメになっちゃってさ。井上さんの誘いで、こっち来たわけ」
「事務所移るって、大変じゃないの?」
「そうでもないって。井上さんもそこの出身だし」
子役が大成することは希だって、聞いたことある。いつまでも子役時代のイメージにつきまとわれ、『経験だけの凡人』くらいの評価にまで落ちてしまうの。
「落ち目のあたしと組んでも、ユニットのイメージ下がっちゃうから。社長にはアタシのほうから言っとくしさ。結依は気にしないで」
「で、でも……」
フォローしたくても、上手い言葉が出てこなかった。業界ではリカちゃんのほうが知識があって、経験もあって、言っていることはおそらく正しい。
「まあユニットはムリだけど。たまにはお茶くらい付き合ってよね、結依。VCプロって同世代があたしらくらいじゃない」
「うん。それはもちろん」
ユニットの話題はやめることにした。
杏さんにもリカちゃんにも、私がとやかく言えることじゃない。井上さんには事情を話して、納得してもらうしか。
ところで、私には気になってることがひとつ。今しがたレンタルショップで、リカちゃん、どっさりと映画を借りてきたの。一度に借りられる上限の枚数まで。
「リカちゃんって、映画とかよく観るの?」
「ん、好きだし。お店にあるのはア行から全部見てるかな」
「ぜっ、全部ぅ?」
何気ない一言に、度肝を抜かれてしまった。ほかのお客さんが私に視線を投げる。
私はリカちゃんに顔を近づけつつ、声のボリュームを落とした。
「じゃあ話題作とか、網羅してるんだ? すごいね」
「あははっ、まあね~」
いくら映画が好きでも、文字通り『片っ端』のアから順に、という意欲的なユーザーはなかなかいないはず。謙遜するリカちゃんの笑みは、照れつつも得意そう。
「アタマ使うの苦手だから、小難しい映画は眺めてるだけなんだけどさ。戦争ものとか歴史ものだと、ハア?って感じで。結依はどんなの見てるの?」
「私はやっぱアクション映画かなぁ。こないだの潜水艦のやつ、面白かったよ」
いつしか私もリカちゃんのペースに乗せられていた。
「あれかあ。前半の構成マジよかったんだけど、最後まで続かなかったのがなー」
「構成って何? それ、本当に眺めてるだけなの?」
「なんて言ったらいいかな、う~ん……あたしが今言ったのは、画面構成って意味で」
だんだん話のレベルが上がってくる。
「ほら、俳優の表情をアップにすべきところで、アップにするわけ」
「えぇと……なんとなくわかったような?」
でも、楽しそうに喋るリカちゃんが根っからの映画好きだってことは、とてもわかりやすかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。