第4話
最後に自己紹介する番になった私は、ごくりと息を飲んだ。
「みさ、御前結依です。初めまして……高校一年生です」
意識的に伸ばした背筋が引き攣ってるのがわかる。座ったままの姿勢じゃ、頭を下げても頷く程度にしかならない。
「聞かない名前ね……あ、ごめんなさい。馬鹿にしたわけじゃないのよ」
明松屋さんの呟きも当然のこと。
言葉が思いつかない私に代わって、井上さんが説明してくれた。
「この子はまだデビューもしてないから」
「えっ、デビューしてない子とユニット組むのぉ?」
リカちゃんが身体を起こし、私の顔をしげしげと眺める。
「ふぅーん……まあ、あたしは別にいいけどさ」
その視線はあまりに淡泊で、関心さえないのが伝わってきた。私にとっては、素人扱いされるよりも居たたまれない。
井上さんの指先が企画書を大雑把になぞる。
「そういうことだから。来週までに相談して、ユニット名の候補をいくつか決めておきなさい。決まってなかったら『松竹梅女子』にするわよ」
「ち、ちょっと待ってください!」
私の右隣で、明松屋さんが声を荒らげた。
「こんなこと、契約時に了承した憶えはありません! ユニットって何ですか、アイドル活動なんてしませんよ、わたし」
私も内心、明松屋さんの意見に同調してしまう。
プロふたりとユニットを組むなんて、私には荷が重すぎた。この話が白紙に転ぶことを期待しつつ、口を開く。
「あの、私もちょっと……自信ないっていうか、えっと」
「結依に関しては心配してないわ。むしろ問題なのは、杏とリカなんだし」
ところが井上さんは飄々とかわし、明松屋さんとリカちゃんを私よりも貶めた。
明松屋さんが俄かに怪訝そうな面持ちになる。
「……それって、わたしは素人以下ってことですか?」
「そう聞こえたんなら、そうかもしれないわね。そうそう、杏、今日から歌のレッスンには結依たちも連れていってあげて。あと、リカはくれぐれもサボらないように」
「え~っ、あたしもぉ?」
リカちゃんも不満げな声をあげる。
しかし井上さんは私たちの質問に取り合うことなく、席を立った。
「ちゃんと考えたうえでのユニットよ。どうせほかに仕事もないんでしょ、あなたたち」
「うっわ、そんなふうに言うの? 辞めちゃおっかなー」
わざわざ明松屋さんとリカちゃんの怒りに油を注いだうえで、私を指名する。
「頑張ってね、結依。期待してるわ」
ふたりの視線が冷たくなったのを感じた。
これじゃ私、意地悪な社長に贔屓されてるも同然じゃない……。明松屋杏と玄武リカを客寄せパンダにして、新人を売るつもりだって誤解されても、弁解の余地がないわ。
忙しいらしい井上さんは早々に退室し、私たちだけ取り残される。
井上さんなりに計算してのことなのかもしれないけど、それならもっと納得のいく説明が欲しかった。会ってまだ数分のベテランをふたりも相手に、どうしろって?
「……………」
重たい沈黙が続く。この空気でユニット名を相談するなんて、できるわけがない。
松明屋さんが退室するべく、鞄を持ちあげた。
「ごめんなさい。時間だし、失礼するわね」
礼儀正しい物言いには、かえって他人行儀な距離感がある。
リカちゃんも立ちあがって、眠たそうにあくびを噛んだ。
「呼び出されたから何かと思えば、こんなコトか。えーと……結依、だっけ? ゲーセンでも寄ってかない? リズミカの新作、超面白いよ」
「え? でも私、レッスンあるし……?」
「ふーん。まっ、好きにすれば? バイバーイ」
明松屋さんに続いてリカちゃんも、呆気なく出ていっちゃう。
素人同然の私だけ残っていても、しょうがない。
そもそもプロふたりとユニット結成なんて、唐突すぎた。バスケットボールの練習とかで、急ごしらえのチームを組むのとは、わけが違うもん。
だけど、このまま解散するのも無責任でしょ? ほかのふたりが乗り気じゃないから私もやりません、なんていう屁理屈が、井上さんに通用するとも思えない。
とりあえず、できることはやっておいたほうがよさそう。
あとの弁解のためにもね。
☆
幸い明松屋さんの行き先は、ダンスのレッスン場と同じビルだった。明松屋さんはもうマネージャーの車で行っちゃったみたい。私は事務所でジャージに着替えてから、ランニングがてら明松屋さんを追いかける。
レッスン場まで、およそ2キロメートル。
ついでにビルの階段を駆けあがって、ランニングを締め括った。
「ふう。スタジオは……っと、この階でいいのかな?」
ダンスの練習にはスポーツセンターの一室を借りてる。だったら、歌の練習はカラオケで? なんていう私のアホな想像は、ちゃんと外れてくれた。
「すみません、えぇと、御前結依です。多分、井上さんのほうから……」
「あぁ、はいはい。聞いてますよ、どうぞ」
スタジオの入口で名乗ると、奥へと案内される。
音声の収録とかをする場所なのかな? 部屋が二分され、ガラスの向こうにはマイクとヘッドフォンがある。灯かりは点いてるけど、誰もいないみたい。
「あなた、ここまで走ってきたの? 鞄持って?」
「ひゃあっ!」
背後から声を掛けられて、びっくり。
振り向くと、そこには練習着の明松屋さんがいた。ジャージの上からでも、出るべきところの膨らみと、絞るべきところの括れが見て取れる。
曲線が物足りない私としては、ちょっと悔しい。
「驚かせちゃったかしら。……あなただけ?」
「あ、はい。リカちゃ……玄武さんはどこ行っちゃったのか、わかんなくて」
明松屋さんは切れ長の瞳を開き、私のジャージ姿をまじまじと見詰めた。
「確か下のスポーツクラブも、VCプロのレッスン場だったわね」
「そうなんです。私はそっちがメインっていうか」
「行き先が同じってわかってたら、あなたもマネージャーにお願いしてあげたのに」
「すごい……マネージャーがいるんですね」
私の何の気はない質問にも、丁寧に答えてくれる。
「まあ、そんなに忙しいわけじゃないけど……お父さんの部下のひとでね。学校が辺鄙な場所にあるから、車も必要だし」
事務所で会った時のような刺々しさもない。
明松屋さんは荷物を降ろすと、軽く腕のストレッチを始めた。
「……さっきはごめんなさい。社長の言い方に少しカッと来ちゃって。あなたにとっては大切なデビューになるのに、大人げなかったでしょ」
「いえ、そんな。デビューとか結成とかはいいんです。私も初めて聞かされて……」
私はしどろもどろになりながら、明松屋さんを否定しない言葉を選ぶ。
「明松屋さんと一緒なんて、絶対に足引っ張っちゃいますし。その辺のこと、ちゃんと井上さんに説明できないかなって」
「そうね。辞退するにしても、落としどころは必要だわ」
ちょうどスタジオのスタッフが二名ほど入ってきた。機材に電源を入れたり、ヘッドフォンを掛けたりして、準備を進める。
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