チャプター10 ギルドに向かう旅の途中

「マリアンヌさん、ちょっとよろしいでしょうか」


「あら、お連れのお方。なにかしら?」


 旧村長宅から出てきた爺さんとマリアンヌさんに声をかけ微笑みます。


「おぉ、ミカエルどうしたんじゃ?」


 不思議そうにしている爺さんをよそに、私はマリアンヌさんに諭すように話しかけます。


「村長会議が長引いてもう夕方近いですし、こんな可憐な乙女が外を歩くには危ない時間です。場所を教えて頂ければギルドまでは私がお連れしますよ」


「まぁ! それは有難いですわ」


 マリアンヌさんが頬に手を当て上機嫌で答えます。


 ――作戦成功ですね。


「そう言えばわたくしギルドのパンフレットを持っていますの。ちょっとお待ち下さいまし」


 マリアンヌさんはゴソゴソと緑の布のカバンを漁り、中からパンフレットを取り出し私に差しだします。

 

 ≪ようこそギルドへ! ~冒険の手引き~≫と表紙に書かれたパンフレットを微笑みながら受け取ります。


「後ろに地図が乗っていますの。それを参考になさって下さいまし。それでは!」


 恐らく喋る事は好きだけど面倒な事は嫌いなのでしょう。

 マリアンヌさんは意外にもあっさりとその場を去りました。


「いいんですか? 方向音痴なのに」


 サルエルが私の耳元で囁きます。

 私は微笑みアイコンタクトで返します。


「まぁ、なるようになりますよ」


 そう一人事のように呟くと、爺さんに声をかけます。


「さぁ石頭さん行きましょうか」



              ★★★



「あっれ~おかしいなぁ。こっちじゃなかったみたいですね~」


「はうぁーっ!?」


 吐血をしそうな勢いで爺さんがうめきます。

 

 ――フフフフ。面白いですね本当。


「あ、でもやっぱこっちで合ってるかも、ある意味で」


「ほ、本当かのぅ!?」


「あ、でも違うかも」


「はうぁーっ!?」


 そんなやり取りを冷めた眼でサルエルが見ていますが、気にしません。

 爺さんの体力を考え、休み休み移動します。

 獣道を抜けて山を下り、タビダッチの村とは山を挟んで丁度反対側にたどり着こうとしていました。


 こんなに村から離れた殺風景な場所にギルドがあるなんて、おかしいと爺さんは疑問に思わないのでしょう。

 私の後を杖を突きながら、必死な表情で付いてきます。


 マリアンヌさんからもらったパンフレットは、とっくのとうに捨ててあります。

 パンフレットの裏に書かれていたギルドまでの地図は単純明快でした。

 旧村長宅を南に下り、村の入り口脇の小道を抜けた先を示していました。


 ――もう、そろそろですね。


 私が立ち止まると爺さんとサルエルも立ち止まります。

 ここで待っていれば……。


「おぉ、これはいいカモじゃねぇか」


 ズリッと分厚いブーツを引きずりながら下品な輩が現れました。

 私が待っていたのは勿論、こんな下品な連中ではないのです。


「な、なんじゃお主らは!」


 爺さんが驚きの声を上げます。


「野盗ですね。それもかなりの集団の」


「や、やとうじゃと!?」


 爺さんが困惑しきった様子で叫びます。


「まぁ、悪いこたぁ言わねぇ。有り金全部置いていきゃあ、命だけは助けてやる」


「な、なんて奴らじゃ。こんな爺さんを相手に。振り込め詐欺より悪質じゃて」


「ケッケッケッケッ。よくわからねぇが、じじいとりあえず有り金全部出しな!」


 脅しのつもりでしょうか。野盗が手に持っていた短剣を爺さんの喉元に突きつけます。


「ふぬぬ……」


 動けずにいる爺さんをよそに、私は素知らぬ顔をします。

 サルエルが痺れを切らした様子で私に囁きます。


「まずいです。ミカエル様どうします」


「勿論どうもしませんよ」


「はぁ?」


 呆れた様子でサルエルが顔をしかめます。

 そもそも何かしたくても、チート能力のない私達には助ける#術__すべ__#等ないのです。

 爺さんを信じるしかありません。


「お主ら……」


 フルフルと爺さんが震えています。


「ヘッヘッヘッヘッ。どうした、じじい怖くて震えが止まらないのか?」


 一番タチの悪そうな顔をした野党が爺さんに言い放ちます。


「怖くて震えてなどいない。ワシは怒っておるんじゃぁージャッジメントサンダー!」


 その瞬間でした。

 爺さんの身体から眩い光が放たれると、その光は天に向かって伸びます。

 瞬く間に爺さんの頭上にドス黒い雲が集まり、ビリリッ、バチバチッという音がして、ドス黒い雲間に雷が激しくうごめいている様子が見えました。

 その刹那


「ぎゃぁあああああああああ!!」


 激しく叫ぶ野盗の声をかき消すかのように、雷鳴がとどろき爺さんの周囲に大地を焦がすような物凄い量の雷が落ちました。

 野盗の服は一瞬にして燃え上がり、皮膚の表面は黒く焼け焦げ、その場にいた大勢の野党が次から次に地面に向かって倒れていきました。


 ――ジャッジメントサンダー裁きの雷ですね。


 ミカエルは気づいたようで「あれは、ミノフスのスキルのようですね」と私に呟きます。

 ミノフスはまだ子供の天使ですが、母親が雷を守護している神なので雷に関するスキルは突出しています。


「な、なにが起こったんじゃあー!」


 地面に倒れている野盗達を揺さぶりながら、爺さんが叫びます。


「スキルですよ。石頭さんの」


「スキル?」


 首を傾げ、聞き返す爺さんにやんわりと説明します。


「まぁ、魔法のようなものです」


「ま、魔法じゃと!? ワシは魔法が使えるお爺ちゃんという事か!」


 自分でも信じられないといった顔で辺りを見回し、自分の手を不思議そうに見ています。


 ――スキルの使い方を知られては困るので、これ以上は秘密ですけどね。


 意識を失っている野盗が眼を覚まさないうちにその場を去ろう、そう提案をしようとした時後ろの山からゴゴゴゴゴゴ、と地鳴りのような音が聞こえてきました。

 

 後ろを振り返ると山の窪みにはまっている大きな岩が、地鳴りと共に土煙を巻き上げながらゆっくりと横にスライドしているようでした。


「な、なな、なんじゃぁー! 今度は何が起こるんじゃあ!」


 夜の冷たい風が吹き抜ける中、慌てふためく爺さんの声が夜空に響き渡ったのです。

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