チャプター11 裏ギルド

 土煙が立ち込める中、ワシは目をギュッとつむり息も絶え絶えに


「一体何が起こっておるんじゃ……」


 と、独り言のように呟いたのじゃった。


「ちょっとあんた達、なにこんな時間に騒いでんだい!!」


 土煙のせいでぼんやりとしたシルエットしか見えなかったが、その声は場末のスナックのママさんのような酒がれした声じゃった。


「いやぁー、お騒がせして申し訳ありませんでした。何やら物騒な野盗の集団に襲われてしまったものですから」


「その声……まさかあんた、ミカエル!?」


「ゴホゴホッ、あ、バレちゃいましたー」 


 咳込みながらミカエルが答えよる。


「あんた今更何しに来たんだい。この私にボコボコにされに来たってわけじゃないだろうねぇ?」


「いや、まさかまさか。冒険者登録に来たんですよ」


 土煙が落ち着き、女の姿が目に入ってきよった。

 女とは思えない筋骨隆々な身体に、身長が物凄く高いのぉ。

 優に180センチは超えているじゃろうか。

 巨女という感じじゃ。


「本当だか怪しいねぇー。第一あんたは大嘘つきだからねぇ」


「天使に向かって大嘘つきは酷いですねえー#神渡__みわたり__#さん」


「事実だからしょうがないだろう」


 神渡と呼ばれた女が仏頂面で答えよる。


「本当かどうか試させてもらう。とりあえず中に入りな」


 ワシらは神渡と呼ばれた女に促されるように、後を着いていったのじゃった。



                     ★★★


 中に入るとまず目を惹いたのが松明じゃった。

 土と岩の間に食い込ませるように松明の先端が打ち付けてあり、松明の傾きは不均一ではあったが、並べられている間隔は恐ろしいほど均一じゃった。まさに職人芸じゃ。


 細く、うねうねとしたトンネルを抜けると広い場所に出たのじゃ。

 『裏ギルド』と彫られた木製のプレートが土壁に埋め込まれておった。その文字の横には獰猛そうなドラゴンが掘られていて、ワシを威嚇しているように見えた。

 

 山の中だからじゃろうか、どこかヒンヤリとしていて肌寒い。

 周りを見やると足の長い丸テーブルが等間隔に置かれておって、その倍の椅子が丸テーブルに寄り添うように綺麗に並べられておった。

 中央には木製の巨大なカウンターがあり、カウンターを囲むように椅子が並べられておる。

 椅子にはまばらに人が座っており、思い思いに語らっておる

 その光景はオシャレなショットバーのようじゃった。

 

 ――まるで大人の秘密の隠れ家のようじゃ。

 


「で、ミカエル。あんたが言う冒険者登録したいってのは、一体どこのどいつだい!」


 仏頂面で怒っている様子の神渡がミカエルにそう言い放ち、サルエルを見やる。


「あー、あんたサルエルか。久しぶりだねぇ、相変わらずミカエルのパシりやってんの?」 


「ほっとけ」


 サルエルがツンとした表情で答えよる。


「ハハハッ、相変わらだねぇーサルエル。まぁ、あんたのそういう所嫌いじゃないけどね」


 で、と今度はワシを見て目を丸くする。


「ミカエルさぁ悪い冗談だと思うけど、まさか冒険者登録したいのってこの爺さんじゃないだろうな」


「そうですよ」


 サルエルが微笑んで答えよる。


「あんたまた悪い冗談を……。まさかと思うけどこの爺さん、前世でも爺さんだったりするわけじゃないだろうね」


「その通りですよ」


 さらっと答えるミカエルに神渡は余程驚いたのか、絶句して固まってしまったようじゃった。


「まぁ物は試しといいますから神渡さんお得意の闇系のスキルでも、ぶちかましてみたらどうでしょう?」


「あんた、そうやって私を人殺しに仕立てあげようったって、そうはいかないよ」


「だって、冒険者登録する前には必ず試されるんでしょう。相手がどんなスキル所有者かどうか」


「うっ……」


 神渡が黙り込む。

 何やら難しい話で付いていけないのぉ。


「そもそも、あんたここが裏ギルドである事はこの爺さんに話してあんのかい」


「勿論です」


 ミカエルの満面の笑みに神渡が間髪いれず


「それは嘘だね。嘘だと思う理由が、まずあんたがそんな面白そうな事を人に話すとは思えないから」 


「なるほど、さすが神渡さん。ご名答といった所ですね」


「ほら見た事か」


 神渡が大袈裟に肩をすくめる。


「元はあたしも転生者、名前は#神渡洋子__みわたりようこ__#26歳の元OL。ちなみに前世は華奢で小柄な女の子だったってわけ。きっと強い女に憧れがあったんだろうね、抜け出た魂はこんな仏頂面で巨大な女の肉体を選んだ」


 まぁ自己紹介はこれぐらいにして、と神渡が続けよる。


「で、ここは私が転生してから長い年月を築きあげて作り上げた、転生者の為のギルド。通称裏ギルド」


「裏ギルドじゃと?」


 神渡が「そうだ」と簡潔に答え続けよる。


「表ギルド、つまりこの世界に存在するギルドは転生者を受け入れない。何故か解るか」


「試験が難しいからかのぅ?」


 神渡はワシの答えを鼻を鳴らして一蹴する。


「ちげぇよ、そんな訳ないだろ。冒険者ギルドに試験なんざ存在しない、誰でも登録料さえ支払えば登録出来る。冒険者ギルドの登録は簡単なのさ。ただ、登録を受けてからが大変で受けた依頼のこなし具合や素行の悪さによっちゃあ冒険者資格をはく奪されちまうし、そもそもギルドから追放されちまう」


「ど、どんな事をするとそんな目に遭うんじゃ」


「まぁ、簡潔に言ってギルドの規約に違反した場合だな」


 規約……。なんだか契約事のようで難しいのぉー、頭がこんがらがってきおったわ。


「規約とは、一体どんな規約があるんじゃ?」


「人を殺してはいけない、村や城を襲い金品の強奪をしない、建物や施設を無暗に破壊しない。まぁ、細かい条件は他にも色々ある」


「ほぅ」


「そして私が冒険者ギルドに入れなかった理由がこの規約にある」


「ほぅ」


 ワシはごくりと唾を飲む。


「冒険者ギルド規約第十条・転生者登録は認められない」


「な、なんという差別じゃ!」


 ワシは内心腹が立ちまくりじゃった。

 ワシも転生者とやらじゃ、他人事ではないんじゃ。


「まぁ、なんで頑なに冒険者ギルドが転生者を受け入れないのかは想像に難くない、理由は二つある。前者は簡単な理由だが、後者がちと厄介だ」


「ほぅ……」


 ごくり、と自分の唾を飲み込む音が聞こえてワシは自分が緊張しているのだと悟る。


「まず前者だがギルドはスキルが怖いのさ」


「ズギル!?」


 あまりの緊張から声が上擦ってカエルを踏み潰したような声になってしもうた。それを聞いた神渡は苦笑し続けよる。


「普通の冒険者達にスキルの所有者はいない。剣で戦ったり己の拳で戦ったり、傷ついた者を癒すには野草から薬草を作るのが得意な調合士の仕事になる。でも所詮は人が生み出す力。スキルには叶わない。スキルはそこにいるミカエルやサルエルのような天界の者にしか与えられない力だ。だけど……」


「だけど、なんじゃ?」


「転生してきた人間には何故か固有のユニークスキルが備わっている」


「クリークスキル?」


だ!」


 お、怒られてしもうた。

 ワシはショックで肩を落とす。

 なんせ爺さんじゃて、そんな難しい話にはついていけんわい。

 御年90になってこんな二回り以上も離れている、おなごに叱咤されるとは爺さん大恥ずかしじゃ。


「爺さん、超能力や霊感って知ってるだろう?」


「超能力や霊感……。スプーン曲げとか、霊が見えるとか、そういうことじゃろうか」


「そうだ。あれだって一種のスキル。その人が先天的に備えている不思議な力だ。元々備わっている人もいれば備わっていない人もいる。ああいうのは後天的に身に着く事はないよな。遺伝なのか突然変異なのか、はたまた神様の#いたずら__・__#なのか」


 神様の、という部分を強調し神渡はミカエルを見やる。

 ミカエルはどこか気まずそうに顔を背ける。

 理由は解らないが……と神渡が続けよる。


「どうやら、私たち転生者には超能力や霊感に似たユニークスキルが備わっている。そのスキルは転生者専用のスキルであり、ユニークスキルと呼ばれている。ユニークスキルは生前の生活態度や行い、趣味趣向や仕事の内容、環境によって一番突飛した部分から抽出されるんだと思う……。まぁ、これはあくまで私の研究結果だが」


 神渡が難しそうな顔で考え込んだように黙りよる。

 ほうほう。良く解らんが何やら凄い事じゃて。


「私のユニークスキルは繁栄。こんな辺境の地にあるギルドだけど宣伝せずとも人が集まって自然と繁栄していく。ほら」


 神渡が、顎で指し示した先には20代ぐらいの男子大学生と思しき2人組が、捨てられた子犬のような不安な表情で近づいてきよる。


「あの、俺たちなんか迷っちゃったみたいで……」


「転生者なんすよ新米の。ここってギルドすか?」


「ああ、そうだ。今は先客がいる、そこで待ってな」


 神渡がつっけんどんに答えると、男子大学生風の2人組の転生者は「うす」と短く答えよると、椅子に腰かけ何やら楽しそうに談笑しはじめおった。


「ワタシがなんで自分のユニークスキルに気づいたかというと」


 神渡が、足元の砂を指でつまみ目の前に向けてパッと投げ捨てる、その刹那驚くべき現象が起きた。

 普通は飛び散るはずの砂がなんと数秒間、時が止まったかのように空中で固まったかと思うとササッと軽やかな音を立てながら地面に落下し、今度は神渡の足元にすり寄るように移動し何事もなかったように地面に舞ったのじゃった。


「これはどんなものを投げてもそうなんだ。一度は離れるけど吸い寄せられるように戻ってくる。始めは不思議だったんだが、そんな事を繰り返していくうちに私の周りには見ず知らずの転生者が次から次に訪れてくるようになった。それで現状のギルドのシステムに不満を持っていたワタシは、転生者専用の裏ギルドを作ったってわけさ」


 ところで、神渡がワシを見て楽しそうに口元を歪めるのが見てとれた。


「爺さん、あんたのユニークスキルがどんなものか気にならないか。ここにくる転生者の話や情報からなんとなくだけど見分ける方法が解ったのさ、まぁ確実じゃないけどね。どうだい試してみるか?」


 ――ワシに与えられたユニークスキルなる代物は一体なんのスキルじゃというんじゃ。

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