第2話 青髪の少年
「なるほど、それじゃあ君は白金の魔女に会いに行くんだな。」
少年が言う。はっきり言い当てられ、メイは動揺する。
「お前さんも同じようなものだろう。」
女がくっくと笑って言った。少年が警戒するように身構えた。
「この娘さんと同じくらい、いや、それ以上に訳アリと見た。」
どういうことだろうと2人を交互に見る。
「お前さん、貴族だろう。」
女が言うと、少年は一気に臨戦態勢になった。翻ったマントの下に、剣を下げているのがそこで初めて見えた。それを見てぎょっとする。この人、貴族どころじゃないんじゃないか。黒光りする精巧な彫りが端から端まで施された剣の文様には見覚えがあった。
「お目にかかれて光栄だよ、帝国の偉大なる光よ。」
「ジークムント第1皇太子!」
メイは息を飲んだ。一拍おいてあわてて敬礼の姿勢をとろうとして荷馬車の揺れにしりもちをつく。それに女がまたくっくと笑う。
「どうして。」
「お前さんみたいに高貴な生まれのお方がこんなところまで来るのは何年振りかねえ。」
皇太子は、観念したようにばさっとフードをはねのけた。つやのある青黒い髪が傾きかけた白い陽の光の下にさらされる。皇太子の母君である皇后様は北の王国の姫君であり、偉大なる大国2つの王家の血をひく皇太子は、押しも押されぬ、王道も王道の正統な皇子様だ。物語からそのまま抜け出したようなその設定、もとい御身の上は、その麗しい見目と相まって、帝国内外の乙女たちの憧れの的である。尾ひれにさらに胸びれ腹びれにフリルまでついてびらびらになったうわさは、もはや生きた人のものと思えなかった。ただでさえ前世のなんてことない一般人の記憶を持つメイにとって建国神話の英雄以上に幻のような存在であった。
「お前さんからも来訪の理由を是非伺いたものだねぇ。」
『喚ぶ者』であるメイとは違い、皇太子さまにはわざわざこんなところまでやってくる理由などありそうもない。そもそも本当に皇太子さまなのだろうか。肯定も否定もしていない少年ではあったが、それに関しては疑う余地のないことを、ひしひしと肌が感じていた。これは皇太子に間違いない。これは、只者ではない。
「関係のない者に告げるつもりはない。」
「くっくっく、そうかい。」
声までいい。先ほどまでとは打って変わって身分の高い人の口調になっている。やっぱり皇太子だ。
凛とした声ではっきり告げる皇太子に女は驚きもしなければ臆することもなかった。
「ただねぇ、もうすぐ東の建国祭も近いこの時期に、これだけ偉い皇太子さまが、護衛の一人もつけずに身一つでこんな辺境にいるなんて、まぁ……」
「何が言いたい。」
皇太子が腰へと手をやるのを見てメイははっとする。それをちらりと見て女はにやりとする。
「安心しな、腰のぶっそうな見た目の物はただの飾りだ。皇太子さまはあんたが思っているような物は持ちやしないよ。」
「お前が言っているのは聖なる宝剣のことだろうが、あいにくこれは違う。」
難しい顔をして皇太子は言う。そして息をついて、柄から手を下ろす。
「おやお前さんそりゃ本物なのかい。そりゃまた大変なことじゃないか。」
原則として、王族は帯刀を許されていない。例外が、皇位継承者に受け継がれる宝剣である。皇太子に限らず、皇后や皇女なども含めて皇位を継ぐ権利および血を持つ者が身に着ける。それ以外で武器を持つとしたら、臣下に降ろされた場合ぐらいで……
「私はもう既に皇帝の子に非ず。そしてもはや帝国の子でもない。」
皇太子の表情からは、なんの感情も読み取れなかった。
「皇太子ジークムントは既に亡き者であり、本日の日の出を以って我が弟グリフィスがその座を得た。ここに在るはただ平民ジークムントである。」
その声はとても冷たく、触れる物すべてを切り払いそうなほどに鋭かった。
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