白金の魔女と青銅の騎士 ーこれは私が帰るまでの物語ー
雨森すもも
第1話 同乗者たち
荷馬車が1台、雨が上がって間もない小道をかっぽかっぽと下っていた。
ドリース村は東の帝国が切り拓いた街道がほんの気まぐれに寄り道をしたに過ぎない小さな村だ。麒麟の瘤と呼ばれる山を越えるために旅人たちが立ち寄る宿場として、もともとは知られていた。だけど今、村へと向かう荷馬車には、たったの3だけしか乗り合わせていない。
「昔はもっとにぎやかだったんだけどね。」
誰にともなく、1人が呟く。肌が冷やし固めたみたいに真っ白なその女が、1人にやりと笑う。
「もう、黄金の道は草に呑まれた、て本当だったんだな。」
もう1人が、やはり独り言のように呟く。こちらは、マントのフードに、
口当てまでしている少年である。
2人が、少しこちらを伺う気配になったのを感じたが、特に思うこともなかったので、メイは気づかないふりをした。
「お前たち、帝国から来ただろう。」
始めからそう言うつもりでいたのだろう。女ははっきりこちらを見ていた。やだなぁ答えなければいけないのかな。
「特に娘、服装が海の向こうの帝国民様そのものじゃあないか。」
何と答えるべきだろう。中心から渦巻いているみたいな奇妙な色合いの目で女は探るようにこちらを見ている。
「言いたくないのなら別にいいんだけどね。海の向こうから、一体全体どうしてこんな異教の山なんかにいらっしゃったんだろうと思ってね。」
「あなたはこの村の人か?」
少年が、メイに話しかける女に横から尋ねた。
「そう見えるかい?」
「見えない。」
少年が即答する。この辺りは、輝く黄色の毛並みをしているとされる神獣麒麟の加護を受けているという黄色い髪をした人々が住む。女の髪はどう間違っても黄色ではない。
「あんたも同じくらいそう見えないがね。」
女が自分の紫の髪をかき上げながらくっくと笑う。少年の、フードからはみ出た髪もまた、深い青色をしており、この国の人でないことは一目瞭然だった。
今この荷馬車には、とうに交易の廃れた村に向かう奇妙な異邦人ばかりが乗り合わせているのであった。
「君、もしかして。」
少年が油断ならない目でこちらを見ながら尋ねる。
「先日、丸ごと焼け落ちたという北部湖畔の領と何か関係があったりするか?」
どうしよう。メイは2人を見つめながら考える。面倒くさいな、なんだか。ごまかしたところで、もうばれてしまっていそうだ。
「そうだよ。」
メイは2人の反応を見ながらうなずいて見せた。
「そして、ちなみに私、『喚ぶ者』だから。」
少年がわかりやすく驚いた。女は予想していたのだろうか。ただ、くっくと笑った。
『喚ぶ者』は、帝国国教の中に出てくる呼び名だ。聖伝によれば、『喚ぶ者』は生まれながらに混沌の淵とつながりを持ち、己が白昼夢で見聞したその姿を語る口となると言う。それにより『喚ぶ者』は、この聖なる大地に自らが目にした魔物を文字通り『喚ぶ』のだと言う。淵とこちらとを繋ぐ門となったその身体は災いをもたらし帝国を滅びへと導く。
馬鹿馬鹿しい。たしかにメイは、この世にないものを見たことがある。大きな耳と長い鼻を持ち全てを踏み潰す巨大な魔獣だとか、いくつも連なり人を飲み込み走る悪魔の箱だとかだ。しかしそれは、混沌の淵を垣間見たものじゃない。メイの夢の中ででもない。メイの記憶の中、かつて生きた世界で見たものだ。
メイは転生者なのである。
だがしかし、彼女がかつて生きていた東京は、たしかに混沌そのものかもしれない。
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