第百十三話 決着と延長戦

 俺は《雷光閃》の勢いのまま、地面を転がった。

 体中に激痛が走る。


 もう闘気が底をついていた。

 よくぞここまでオドを疲弊させる闘術を連続で使えたものだと、自分を褒めてやりたいくらいだ。


 手放しそうになった意識を引き戻し、地面を這うような姿勢でマルティの様子を確認する。


「ぐ……が、がはぁ!」


 マルティが喀血し、その場に片膝を突く。

 俺に斬られた胸部を押さえるが、そこからは留めなく血が溢れていた。


 瀕死には間違いない。

 だが、それでもまだ、マルティは生きていた。


 俺ももう闘気がない。

 エッダも限界の上に、片足が潰されている。

 ヘイダルも、遠くで仰向けに倒れたままだ。

 マニはセリアの保護に徹していたため傷は負っていないが、彼女にマルティの相手はとても不可能だ。


 頼む……もう、これ以上立ち上がらないでくれ。


「ヒュー、ハー、ヒュー、ハー……俺は、俺はこんなところでは終わらんぞ……! ここからだ……! 俺は天に選ばれた存在だ! 今日のここまで、いかなる戦いにも勝ち続けてきた! シルヴァス魔導将相手に喧嘩を売る準備がようやく整ったのだ! 異界と因果を巡り、我が手許に舞い込んだ《黒輝のトラペゾヘドロン》……! 他者の力を奪う魔導器……! ここから全てが始まるのだ……こんな面白いところで、貧民街のガキ相手に死んで溜まるものか!」

 

 マルティが自身の胸部に爪を立てる。

 奴の心臓の鼓動が、大きくなっていくように感じた。

 いや、錯覚ではない。明らかに、マルティの心臓の鼓動が激しくなっている。


「まだだ、まだ俺は死なん! 俺はこの国を支配する……絶対的な力、そのものになるのだ!」


『ディーン! 奴の闘術、《オド蘇生》である!』


 ベルゼビュートの声に、俺はぞっとさせられた。

 マルティのステータスを確認したときに目にした闘術だ。

 概要については《イム》の効果で知っている。


【《オド蘇生[B]》】

【自身のオドの一部を消化することで、残りのオドを活性化させる。】

【闘気・魔力・生命力を一時的に引き上げることができる。】

【ただし、レベルが減少する上に、使用後は身体に大きな反動が掛かる。】


 オドは闘気、魔力を生み出す魂の力そのものである。

 通常、酷使して疲労することがあっても、オド自体を削ることなど有り得ない。

 だがどうやらこの闘術は、自身のオドそのものを削ることで、オドの限界を強引に突破するものであるらしい。


 冗談じゃない……!

 今ここでオドの回復なんてされたら、今まで与えたダメージが全て無駄になってしまう。


 俺は起き上がり、《饕餮牙とうてつがグルイーター》を強く握ろうとするが……全く握力が入らない。

 この状態で、本当に戦えるのか?


「これまで積み上げてきた、俺のオドを弱らせるような真似はしたくなかったが、命には代えられん……。こんな奴ら相手に使わさせられることになるとは。いや、この俺相手にこれだけ食い下がったのだ。貴様らの名は覚えておいてやろう」


 マルティが自身の胸部を押さえながら、俺へと歩み寄ってくる。


「派手にやったもんだネ、マルティ。諦めが悪いのはキライじゃないけど、それを使った時点でキミの負けだヨ」


 頭上から声がした。


 顔を上げれば、大岩の上に軍服姿の男が立っていた。

 橙色の髪をしており、顔には簡素な仮面を付けている。

 マルティと同じ……魔導佐の階級を示す、農紺色の軍服。


 仮面で声はこもっているが、独特な声調には覚えがあった。


「貴様、まさか……!」


 マルティが顔を上げ、目を見開く。


「シルヴァス魔導将の側近……三魔官の一人、レーゼだヨ。マルティ、まさか、ラージン商会を強引に焼き潰しておいて、シルヴァス魔導将が何の手も打っていないと思っていたのかナ?」


「シルヴァスの犬の、特務魔導佐……!」


「ロマブルク内の司法権と行政権はキミ達にあるからネ。シルヴァス魔導将がスパイだったラージン商会に肩入れできない以上、どうとでも握り潰せると思っていたんだろうけれど、ガキ相手に躍起になって、尻尾どころか本人まで出張ることになった時点でお終いなんだヨ」


 シルヴァス魔導将の部下が動いていたのだ。

 本来、マルティも勝算があって事を起こしていたのだろうが、商会長の娘を取り逃がした上に、罪を被せようとしたナルク部族のエッダの確保にも失敗したため、彼の動きに大きな隙が生まれたのだろう。


 俺は安心感で全身の力が抜けた。

 三魔官は、このリューズ王国でも上位十人に入る魔導器使いの集まりだとされている。

 さすがのマルティでも、今の死に掛けの状態で彼を相手取れるだけの力が残っているわけがない。


「私としては、介入せずにどっちが勝つのか見守ってみるのも一興だったんだけれど……マルティ、この状況で《オド蘇生》を切った時点で、キミの勝利はないんだヨ。仮にそこの三人を殺せても、じきに《オド蘇生》の反動が来る。向こうの彼女が商会長の娘を連れてシルヴァス魔導将の許へと向かうのを止められない。共倒れというのも退屈だから、どうせならこうして任務を全うさせてもらうことにしたヨ」


 レーゼは楽しげにそう口にする。


 味方であるはずなのだが……どうにも不気味な男だった。

 状況によっては、この戦い自体に手出しをしなかったかもしれないと、そう公言している。

 その結果、主であるはずのシルヴァス魔導将の命令に反するのも、さして気に留めていないような口振りだ。


「《ボックス》!」


 マルティが首飾りを握り締めて吠える。

 宙に魔法陣が浮かび上がり、立方体が現れた。

 マルティはそこに腕を突き入れる。


「ク……ククク、俺が負けて死ぬか、逃げられて処刑になるしかないだと? もう一つあるぞ! レーゼ、貴様を含めてここにいる奴ら全員ぶっ殺すっつう、最高に爽快な案がな!」


 マルティの手には、歪な多面体の宝石があった。


「《黒輝のトラペゾヘドロン》……やっぱり《ボックス》で持ってたんだネ。キミは人間不信の気があるから、そうすると思っていたヨ。でもそれはキミが制御できるような代物じゃない。ツマラナイ真似は止めて、潔く投降したらどうかな? それが暴走すればどれだけの被害が出るのか、知らないわけじゃないんだろう?」


「俺は俺が一人で死ぬくらいならば、千人、万人を巻き込んで心中する! 止められるものなら、止めてみるがいい! 幸い《オド蘇生》で、最後にひと暴れするだけの魔力は確保できたからなァ!」




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 新連載作を始めました!

 こちらも読んでいただければ幸いです。(2021/12/17)


『大精霊の契約者~邪神の供物、最強の冒険者へ至る~』

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