第百十一話 理想を貫くため

 ヘイダルを助ける術は一つしかない。

 恐らく……《グラビグラップ》、あの黒い腕は、マルティの左の魔導籠手に連動している。


 今までマルティが《グラビグローブ》で強化していたのは、全て太陽の描かれた右の魔導籠手だった。

 そして《グラビスタンプ》の座標指定のために動かしていたのは、月の描かれた左の魔導籠手だった。

 《グラビグラップ》で大岩を地面に叩きつけたときも、使っていたのは左の魔導籠手だ。


 恐らく《星落としゴリアテ》は、右が直接攻撃の重力魔法グランテ、左が遠距離攻撃の重力魔法グランテを司っているのだ。

 制御に魔導籠手が重要ならば、マルティの腕を動かせば妨害できる。


 そのためには遠距離攻撃を仕掛ければいい。

 そして《絶空刀》ならば、マルティにも安易な対応ができないことはわかっている。

 屈んで避けるか、両魔導籠手で防ぐしかない。


 だが、それをすれば、俺はきっと、まともに動くオドさえ残らない。

 あれだけ大技を多発して、今、ここまで動けているのが奇跡のようなものだ。

 極限状態を前に、脳内分泌液が身体の限界を麻痺させているに過ぎない。

 

 そうなれば、確実に全員殺されてお終いだ。


 マルティのオドが限界だとはとても思えない。

 オドが残っているということは、闘気に身体が守られているということでもある。

 特に奴の場合、レベルが桁外れに高く、《硬絶》まで持ち合わせている。


 エッダの刃では、奴に致命打を与えられないのだ。

 奇跡的に重い一撃が入っても、それで倒し切ることはできない。

 俺が余力を残し、マルティの隙に、どうにか闘術を叩き込む。

 勝ち筋はそれしかないのだ。


 ヘイダルを助けても、もう戦力にはならない。

 そしてそれで俺のオドを使い尽くせば、その先は三人共全滅の未来しか待っていない。


 何より……マルティは、それをわかっていてヘイダルを生殺しにしていた。

 俺に《絶空刀》を撃たせるつもりなのだ。


 心がもう、折れそうになっていた。

 マルティへは向かっているが、足が鉛のように重い。


 次の瞬間には自分が殺されるかもしれない状態で、俺は、戦いの勝機と恩人を天秤に掛けられている。

 オドも身体も精神も限界だ。

 今すぐ意識を手放して、地面の上に倒れてしまいたい。


 これまでどんな化け物相手だって懸命に戦ってきたつもりだ。

 ベルゼビュートの手を取ってからは、自身の非力さを言い訳に、理想を諦めることもできなかったから。

 だが、それでも、マルティは明らかに別格だった。


 ここまで追い込んだからこそ、勝機が見えない。

 俺達が命を削って戦って、その果てに、ようやくマルティの本気を引き出すのが限界だったのだ。


「違うだろ……何一つ諦めず、理想を貫き通す……剣聖ザリオスのようになってやるって……そう誓ったんだろ!」


 俺は自分を奮い立たせる。


 街の外は魔獣が支配し、街の中は軍が支配する。

 何かあればその度に弱者から切り捨てられた。

 そんな世界が嫌だった。


 マルティはその象徴のような男だ。

 都市ロマブルクを牛耳り、私腹を肥やし、俺の父さんと母さんは切り捨てられた。

 ヒョードルが夢破れて魔導器強盗へと堕ちたのも、元を辿れば軍の孤児院への締め上げが原因だと聞いている。


 絶対に諦めるな。

 理想を貫け。

 どんなに薄い勝ち筋だって、手繰り寄せてみせる。


 そう考えれば、俺の取るべき道はわかった。


「エッダ、マルティを叩いてくれ! 魔法で援護する!」


「わかっている……!」


 エッダもマルティへと接近していたが、俺の言葉を聞き、《瞬絶》を尽くして速度を上げていた。


 彼女も俺と同じ理由で迷っていたのだろう。

 エッダが単身で正面から突撃しても、ヘイダルの補佐がなくなった今、もうマルティ相手にはまともに戦えないのだから。


「《トリックドーブ》!」


 俺は駆けながら魔法陣を紡ぐ。

 三羽の霊獣鳩トゥルパ・ドーブが現れ、出鱈目な動きでマルティへと向かっていく。


 直進では、あっさり対応されてお終いだ。

 だから、全員、纏まりのない動きで飛ばした。


「最も半端で無意味な答えだ」


 マルティが呆れたように零す。


 足の速いエッダを向かわせての、霊獣鳩トゥルパ・ドーブでの援護。

 それはヘイダルを助けるにしても中途半端で、かといって勝つことを優先した行動というわけでもない。

 ヘイダルを助けるなら《絶空刀》で叩くのが一番であったし、勝つために戦うのならば急いでマルティを叩くためにオドを疲弊させるべきではないと、マルティはそう考えていたのだろう。


 だが、これが俺にとっての最適解だった。

 ヘイダルを助けながら、勝利の芽を残す、唯一の選択肢だったからだ。

 難しく考える必要はなかった。

 迷えば、動きが鈍る。


 理想を貫くため、自分がどうしたいか。

 そう考えれば、俺の取るべき選択肢はすぐに纏まった。


 一匹目の霊獣鳩トゥルパ・ドーブは無関係な方向へ飛んでマルティの生み出した岩塊へと向かい、二匹目の霊獣鳩トゥルパ・ドーブはマルティの手前へと落ちた。

 そして三匹目も、あっさりと回避された。


「爆発さえしない……不発とは、完全にただの脅しか」


 あれくらい当たってくれるかと思ったが、避けられた。

 ヘイダルを抑え付けるのに片手を使っているため、エッダを前に、余計な魔法を受けることを嫌がったのだろう。


「くらうがいい……私の最速を!」


 エッダが地面を蹴った瞬間、一気に速度が引き上げられた。

 弧を描くように駆け、マルティの左側へと斬り掛かる。


 もう彼女も、後がないことがわかっている。

 死力を尽くしているのが見てわかった。


「ほう、ここまで速く動けたか」


 マルティが左の魔導籠手を下ろす。

 エッダの全力の魔導剣が易々と弾かれる。


「ぐっ……!」


 攻撃は通用しなかった。

 だが、魔導籠手を下げさせることができた。

 ヘイダルが《グラビグラップ》から解放され、彼の身体が地面へと無造作に投げ出された。


 元々、マルティがヘイダルを捕らえたのは、俺達に揺さぶりを掛けるのが目的だった。

 戦闘の邪魔になるなら、無理をして《グラビグラップ》を維持したり、隙を晒してまでヘイダルを殺す理由がない。

 ギリギリの賭けだったが、上手く行った。


 そして俺は、エッダとマルティが戦っている許へと飛び込んだ。

 俺の剣技と速さでは、マルティ相手に単純な近距離戦闘を仕掛けても、もって数秒なのはわかっている。

 だが、エッダだけではマルティ相手に正面戦闘はできないし、エッダが戦えなくなれば勝てない以上、これが唯一の勝機であった。


 ここでマルティを倒す。

 それができなければ俺達の負けだ。





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(2021/09/24)

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