第百十話 暴王

 俺の放った《絶空刃》の斬撃が、マルティへと伸びる。


「これは……俺の……馬鹿な……!」


 マルティは屈もうとしたが、途中で回避を諦めた。


 未来視のできるヘイダルと、彼の指示で動くエッダがマルティへの攻撃に出ていたからだ。

 ここで屈めば、いくらマルティとて二人の連撃を凌ぎ切れない。

 故にマルティは、魔導籠手を重ねて《絶空刃》を受け止めた。


「ぐぅっ……! 異様に多い闘術……謎の魔導器……有り得ん、有り得んぞ……! 報告の時点でまさかとは考えていたが、あの魔導器、俺の闘術を……!」


 よろめくマルティを、ヘイダルとエッダが挟撃する。


「いい加減くたばりやがれ、この怪物がっ!」


 ……想像以上に、《絶空刃》の闘気の消耗が激しい。

 《饕餮牙とうてつがグルイーター》一回に《雷光閃》二回、《プチデモルディ》二回、《暴食の刃》一回。

 既に俺のオドはとっくに限界だった。

 ここで倒れてくれなければ、俺が先に力尽きかねない。

 エッダとヘイダルも相当オドが苦しいはずだ。


「嬢ちゃん、首狙え!」


 ヘイダルの声に、エッダが振るう刃の軌道を変える。

 マルティは大きく首を背後へ反らし、辛うじてその一撃を回避する。


 だが、その間に死角へ回ったヘイダルが、短剣でマルティの腰を斬った。

 遅れて振るわれた魔導籠手の一撃を、ヘイダルは地面を転がるように回避する。


「俺の……血? 俺が、追い込まれているというのか……? 本当にこいつらは、俺と互角に戦い始めている……?」


 ……マルティの底が、ついに見え始めてきた。

 やれる……!

 もう一発、《絶空刃》を放てるか?

 いや、奴が倒れるまで、何度だって撃ち込んでやる!


「まだ一方的な狩りのつもりだったか、マルティ! どんな気分だ、テメェも命が懸かってるってことを実感させられてよ!」


 ヘイダルに投げかけられた言葉に、マルティは依然……いや、一層どす黒い笑みを浮かべていた。

 さすがにマルティも後がなくなってきたはずだと信じていた俺は、その顔を見て嫌な予感がした。


「素晴らしい、素晴らしいぞ! この痛みを、焦燥を、興奮を、快楽を、俺は求めていたのだ!」


 マルティが左の魔導籠手を空へ掲げる。


「《グラビスタンプ》!」


 黒い円のようなものが三つ、マルティの周囲に浮かび上がった。


「こいつ、どれだけオドが……! 逃げろ、今近づいたら死ぬぞ!」


 ヘイダルの言葉に、全員下がった。

 黒い円が現れたところに、黒い光の柱が現れる。

 地面を削り、大地を揺らす。


「複数展開できたのか……!」


「追い詰められて、暴れているだけだ。隙を突いて、首を刎ねてやる」


 エッダが肩で息をしながらそう漏らす。

 彼女もとっくに限界のはずだ。


「悪足搔きだといいんだが……」


 ヘイダルが目許の血を拭う。


「左目が……もう、ほとんど何も見えねえ。ああ、クソ、目に支障が出る前に、冒険者なんざとっとと引退するつもりだったのによ」


 こっちは三人掛かりで、この有様だ。

 いくらなんでもあんな無茶をして、マルティとてオドに余裕があるわけがない。


「《ロックランプ》!」


 重力の柱の奥より、マルティの声が響く。

 光が空に集まっていくのが見えた。

 土煙の向こう側に、全長五メートル以上はあろうかという巨大な岩が浮かんでいた。


「上位の放射魔法アタック……! 全員別方向に散れ! あの岩、追って来んぞ!」


 ヘイダルの声は、もはや悲鳴のようだった。


「追って来るって……!」


 想像もできないが、未来視のあるヘイダルの言葉だ。

 訳も分からぬまま、俺はヘイダル、エッダとは別方向に駆けた。


「《グラビグラップ》!」


 マルティが大岩へと左腕を向けている。

 黒い靄が、大岩を掴むように纏わりつく。

 靄はまるで、黒い大きな腕のようにも見えた。


「まさか……!」


「潰れるがいい!」


 ヘイダル目掛けて大岩が落ちていく。

 いや、《グラビグラップ》は、魔力によって生成された力場の塊で腕を模し、対象を掴むことを目的とした重力魔法グランテのようだ。

 落ちていくというより、叩きつけられていくと表するのが近いかもしれない。

 豪速で叩きつけられた大岩により、これまで以上の衝撃が辺りに走った。


「ヘイダルさんっ!」


 もう、いい加減にしてくれ……チクショウ……。

 あまりにマルティは出鱈目すぎる。

 戦っていて、泣き言が口を出そうになる。


 悪足搔きなんて生易しいものじゃなかった。

 マルティを追い詰めたつもりだったが、それは違った。

 あいつは今の今まで、俺達を多少手応えのある獲物程度に考え、ただの狩りのつもりでいたのだ。

 奴の闘術を奪い、ヘイダルがまともな一撃を入れたところで、明らかに戦い方が豹変した。


 追い込んだのではなく、ようやくマルティを本当の戦地に引きずり出せた。

 それだけのことだったのだ。


 わかっている、これはチャンスの裏返しではあるはずなのだ。

 悪化しているようで、状況は好転している。それは間違いないはずなのだ。

 これまで命の危機を感じていなかったマルティが、ようやくそれを覚え、本気になった。

 それが故の現状だ。

 他の誰でもないマルティが、俺達の刃が奴に届くかもしれないと考えている。


「ハハハ! 捕らえたぞヘイダル! どうした、これで終わりか? 貴様を殺した後は、俺は見せしめに貴様の親と恋人を殺すぞ! 貴様との約束通りにな! どうした、どうしたぁ!」


 ヘイダルの身体が、宙に浮かんでいた。

 黒い靄の腕が、今度はヘイダルを掴んでいた。


「ぐ、が……」


 ヘイダルは大岩の直撃こそ免れたものの、避けきれてはいなかったらしく、身体は血塗れになっていた。

 おまけに大岩に弾かれた隙を突かれ、《グラビグラップ》に拘束されている。


 生きてこそいるが、戦力として、ヘイダルはもはや死んだも同然だった。

 元々、《予言する短剣ギャラルホルン》の予知能力は、こんな連発していい代物ではなかったのだ。

 ヘイダル自身が目に致命的なダメージを抱える前に冒険者を引退したかったと言っていた通り、生涯を掛けて、本当に必要なときだけ、ほんの少しずつ使っていくものだったのだ。

 決して格上相手に強引に食い下がり続けるために使っていいようなものではない。


 ヘイダルは片眼がもうほとんど見えないと口にしていた。

 視力以外にも、あんな大岩に身体を弾かれた時点で無事なわけがない。

 確実に身体の骨がやられている。

 ヘイダルの最大の強みであった《予言する短剣ギャラルホルン》の未来視も、彼の卓越した剣技も、既に失われている。

 そんな状態でマルティの猛攻と戦えるわけがない。


 そしてエッダも、ヘイダルの未来視による助言があって、どうにかマルティ相手に戦えていたのだ。

 彼女だって防いだとはいえ、《星落としゴリアテ》の馬鹿力で一度殴られている。

 《瞬絶》だってかなり無理をして連続的に発動している。

 決定的に後がなくなってきていた。

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