第百九話 機転と反撃
《星落としゴリアテ》の一撃に吹き飛ばされた俺は、背を打ち付け、仰向けに倒れることになった。
身体が苦しい……腕が、麻痺する……。
ただの力任せの殴打が、とんでもない破壊力だ。
《
「坊主の一撃で、ちっとは体勢が崩れた! 今の内に、どうにか、隙を叩け!」
ヘイダルが間合いを詰め、素早く刃を振るう。
それに合わせてエッダも動く。
だが、マルティは数秒防戦に出てこそいたものの、涼しげな表情をしていた。
攻勢に出ている二人の方が、遥かに苦しげなくらいだ。
闘気の補正が尋常ではない。
魔法を一つ、二つ奪ったところで、奴の優勢が崩れるとは思えない。
その上、両籠手で一組の変わった魔導器であるがために、息を合わせて三人で掛かってもあっさりと対応される。
まだ《天斬刀アメノハバキリ》であれば、上手く攻撃すれば素手での攻撃を強いることができていたというのに。
「二つの魔導器を同時に使うことはできないはずなのに……」
俺は身体を起こしながら、呟く。
本来、人間には魔法を扱う力がない。
魔導器は神話の時代に《智神イム》が、龍が悪魔に対抗できる術として魔導器の原型を考案したのが始まりだとされている。
いわば魔導器は、外付けされた臓器のようなもの……同時に二つ以上にオドを通わせて、その力を借りることはできない。
「核を二つ持つ悪魔もおるからな。そうした者を用いておるのだろう」
ベルゼビュートが俺の横に並ぶ。
「とっとと立ち上がれ、ディーン。あの怪人の相手は、二人ではとても持たんぞ」
俺は起き上がり、前に出ようとした。
が、動けない……。
今の一撃で、気が付いてしまった。
マルティは巨大な災害のような相手だ。
「どうしたのだ、ディーン? まさか、こんな場面で怖気づいてしまったのでも……」
「いや、違うんだ……」
恐怖ともまた異なる。
俺はヘイダルやエッダのような剣の技量はないし、未来視や特出した素早さもない。
事実として、俺ではどう足掻いてもマルティに一矢報いることは敵わないと、そう気が付いてしまったのだ。
「勝つために何をすればいいのか……それがまるでわからないんだ」
マルティが油断していた間に、《
《星落としゴリアテ》相手に、俺ができることがない。
俺には、エッダ達のような間合いで、魔導籠手を躱し続ける手段がない。
攻撃は当たらない。
力押しでも絶対に及ばない。
手数の差も、純粋な力量差で覆される。
マルティは一つの魔法や闘術に頼って戦うタイプでない以上、《暴食の刃》も決定打にならない。
こんなに明確に、敗北を意識させられたのは初めてだった。
「何を戯けたことを! 無論、妾は偉大ではあるが……そちの一番の強みは、そこではあるまい」
「一番の、強み……?」
「そうである。そちがここまで生き抜いてきたのは、咄嗟の機転と、どんな相手にも立ち向かうその根性であろうに。強大であり、悠久の時を生きる妾らにはない、ニンゲンならではの最大の武器であるぞ。こんなところで、折れてどうするというのだ」
「ベルゼビュート……ありがとう」
少し、冷静になれた。
腕に力が戻るのを感じた。
そうだ、力押しでどうにもならない相手なんて、これまでいくらだって出会ってきた。
だったら、正攻法以外で攻め続けて、喰らいつけばいいだけだ。
人より手札が多い、それが俺の最大の強みなのだから。
再び俺は、ベルゼビュートと共にマルティへと駆ける。
「《マリオネット》!」
使ったのは、意表を突ける《マリオネット》だった。
《
マルティ相手に力勝負はするべきではなかったのだ。
ならば徹底的にトリッキーに攻める。
綱渡りの連続になることは間違いないが、そうでもしなければマルティには勝てない。
立ち止まっていれば状況が悪化するばかりなのだから、どれだけ危険でも突き進み続けるしかない。
マルティはヘイダルとエッダを圧倒しながら、ちらりと俺へ目を向ける。
俺の様子から、何か仕掛けてくるつもりだと察しているようだ。
マルティへ距離を詰め切る前に、俺は減速する。
ベルゼビュートだけが先行した。
「《トリックドーブ》!」
俺の掲げていた剣を起点に魔法陣が展開される。
そこを潜る様に二体の
「くだらんな……何をするかと思えば、小粒の
マルティの言う通り、この《トリックドーブ》は苦肉の策だった。
せいぜい少しでも意識が逸れてくれればいい、程度のものだ。
俺の闘気と技量ではマルティにまともに近づけないが、マルティ相手に有効な遠距離攻撃の術も持っていなかった。
「そんな攻撃、受けても痛くないが……その矮小な悪魔の幻影ごと掻き消してやろう。《グラビグローブ》」
マルティの右手に黒い光が集約していく。
ヘイダルとエッダの動きが、同時に硬直した。
《グラビグローブ》を発動された時点で、近くに立っているのは危険すぎる。
あの桁外れな威力は既に目にしていた。
マルティは《グラビグローブ》で脅して二人に距離を取らせ、
俺はベルゼビュートの背に隠れ、手許がマルティの死角に入るようにした。
「《暴食の刃》……!」
《
ベルゼビュートが地面を蹴り、マルティへと爪撃を放つ。
俺はそのベルゼビュートの背に向け、《
「まとめて消し飛べ!」
《グラビグローブ》で強化された一撃が振り下ろされる。
その瞬間、俺は《プチデモルディ》を解除した。
「ディーン!?」
「なに……?」
ベルゼビュートが驚いた声を、マルティが不快げな声を漏らした。
《星落としゴリアテ》の一振りは、
「つまらん小細工を……!」
マルティは、遅れてベルゼビュートのすぐ背後から、剣が投擲されていたことに気が付いた。
大振りした魔導籠手は、戻すにも間に合わない。
刃の先端が、マルティの胸部に狙いを付けていた。
寸前でマルティが身体を反らす。
横っ腹の刃が裂き、血が舞った。
《
『ディディッ、ディーン……! そちっ、何を……! 機転を利かせろとは言ったが、これはただの自棄であろうが!』
ベルゼビュートの慌てた思念が届く。
「散々魔力を浪費し、ただの投擲が本命とは。こんなもの、直撃していても闘気に守られた俺の身体には……」
そこまで言って、マルティの顔色が変わった。
「なんだ、この……オドを抉られたような、嫌な感覚は……」
俺は駆けて接近しながら腕を引く。
《マリオネット》の糸を手繰り、《
『なるほど、そち、糸を残しておったのだな……!』
通常、《暴食の刃》は手許を離れれば使えない。
だが、今の俺は、魔導剣と《マリオネット》で繋がれていた。
この《マリオネット》は、オルノアが魔導人形を操っていたように、魔導器とその使い手の繋がりを保つ力があるのだ。
そのため手放していても魔導剣の力を維持することができた。
「お前と戦うために必要な力が足りなかったから……お前から、もらうことにしたよ」
俺は刃を引いて、構える。
「なんだと?」
欲しかったのは、間合いを保ちながらも加えられる、重い攻撃だ。
俺があの魔導籠手の間合いに入れば、一瞬の内に殴り殺されてしまう。
「嬢ちゃん、マルティが崩れる! ここで殺し切るぞ!」
ヘイダルが吠えた。
それを聞いたマルティが、彼を睨みつける。
「戯言を……!」
オドを絞り、闘気を捻り出す。
後を考えるな……この戦いの、今一瞬に全力を尽くせ!
「《絶空刃》!」
マルティの最大の強みは、闘術や魔法ではない。
一つ、二つ、引き抜いたところでマルティの戦い方を崩すことはできない。
故に俺が奪ったのは、俺がマルティを相手にする上で足りない能力……距離を置いた状態で繰り出せる、高火力の斬撃だ。
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