第百八話 《星落としゴリアテ》

 ヘイダルはマルティの魔導籠手の攻撃を、寸前のところで躱し、受け流し続けていた。


「ヘイダル……貴様の目、そろそろ限界だろう? 元々、連発して使っていいものではなかったはずだ」


 マルティが笑みを浮かべながら口にする。


「ハッ、俺が参るのを待つつもりか? マルティ、俺は、この戦いで失明するつもりでテメェの前に立ってる! 覚悟しやがれ!」

 

 ヘイダルは一人でマルティ相手に戦っている。

 あんな芸当、俺やエッダでは不可能だ。

 ヘイダルの避け方は《予言する短剣ギャラルホルン》の予知能力がなければ成立しない。

 力で敵いようがない以上、下手に一撃でも受け止めればそこまでなのだ。


「《グラビグローブ》!」


 マルティが吠える。


 彼の右の魔導籠手を中心に魔法陣が展開される。

 黒い光が渦巻き、魔導籠手へと集まっていく。


「おいおい、冗談だろ……?」


 未来視で何を見たのか、ヘイダルは顔を強張らせていた。

 ヘイダルは地面を蹴って大きく背後に逃れた。

 避けるにしても、あまりに大きすぎる動作だ。


 マルティの魔導籠手が振り下ろされる。


 周囲一帯が、大きく揺れた。

 地面が割れ、土飛沫が巻き起こる。

 まだ距離のあった俺とエッダでさえ、その衝撃波に思わず足を止めていた。


 《イム》で見たので、《グラビグローブ》の詳細はわかっていた。

 重力魔法グラビティに属する魔法で、自身の身体の一部に掛かる重力を倍増させ、自身の攻撃を重くすることができるのだ。


 だが、ここまでの威力だとは思っていなかった。

 あまりに桁外れすぎる。

 たった一撃で、戦場が滅茶苦茶になった。

 最早、一個人に許されていい力ではない。


「参るのを待つ? 目に負荷を掛ける闘術は、酷い頭痛を招く。苦しいだろうから、すぐに楽にしてやると言いたかったのだ」


 ……あんな化け物に無策でぶつかったら、本当に数秒と持たない。


「《プチデモルディ》!」


 魔法陣を潜り抜け、再びベルゼビュートが姿を現す。

 タイミングを計っている場合ではない。

 一瞬一瞬を凌げなければ、瞬殺されてお終いだ。


 それに《星落としゴリアテ》のあの馬鹿げた威力を受け止められるのはベルゼビュートだけだ。

 ベルゼビュートは造霊魔法トゥルパの身体であるため、叩き潰されても無駄になるのは俺の魔力だけで済む。


 俺はエッダと左右に分かれた。

 俺とベルゼビュートは右から、エッダは左からマルティへ向かう。


「《グラビスタンプ》」


 マルティがエッダへ魔導籠手を向ける。


「止まれ、赤眼の嬢ちゃん!」


 ヘイダルが声を上げる。

 エッダは素早く《瞬絶》で加速し、大きく回り込むように動いた。


 エッダが進もうとしていた目前に、黒い光の柱が現れた。

 ヒョードルの《グラビドア》に似ている。

 黒い光の塊は、轟音と共に地面に大穴を開け、周囲一帯を大きく揺らす。


 エッダも戦闘中であるにもかかわらず、思わずぎょっとした表情で振り返っていた。


 一撃一撃が、全て人間一人殺すには過剰な威力だ。

 本当に気を抜いたら、その刹那の内に圧殺される。


「ヘイダル、貴様が敵に回ってくれてよかったかもしれん。その予知能力がなければ、初見殺しだけで十回は殺していただろう。楽しいよなぁ……魔導器の力を、存分に引き出して戦うのは! ここまで手応えのある戦いは、本当に久々だぞ!」


 冗談ではない。

 こっちはずっと防戦一方を強いられている。

 ヘイダルは間違いなく一流の冒険者で、俺もエッダも、魔導尉達と戦いの中で急速にオドと戦闘経験を積み、これまでとは比べ物にならないほどには強くなったはずだ。


 だというのに、三対一で、ここまで勝負にならないものなのか。


 俺は剣に雷を宿した。


 ガロックの《雷光閃》だ。

 オドに余力があるわけではないが、マルティ相手に俺が決定打を入れるためにはこれしかない。

 他の刃など、掠り傷にしかならない。


 それに《雷光閃》は、予備動作こそ大きいが、発動してからの動きは速い。

 俺がマルティに一撃入れるにはこの闘術に頼るしかなかった。


「ベルゼビュート、悪い!」


「わかっておるわい! 全て片付いたら、たらふく食わせてもらうからのっ!」


 ベルゼビュートが俺に先行する。

 彼女に囮になってもらい、確実に《雷光閃》を当てる狙いである。

 ただ、マルティの攻撃力の前では、ダメージを受けたベルゼビュートの維持は困難である。

 そのまま《プチデモルディ》を破壊される可能性が高い。


 こんな魔力を捨てるような真似はしたくなかったが、そうでもしなければ一撃入れられる見込みが全くないのだ。


 マルティに飛び掛かっていくベルゼビュートの背後にくっ付くように駆けながら、雷を宿した刃を構える。


「安易な策だ」


 マルティがせせら笑う。


 そのとき、ヘイダルが合わせて攻勢に出てくれた。

 マルティへと斬り掛かり、右腕の籠手で防がせる。

 俺が少しでも攻撃を通しやすくなるようにと、ヘイダルが強引に攻撃に出てくれたのだ。


「嬢ちゃん、死角に回れ!」


 ヘイダルがエッダへ叫んだ。

 未来視のあるヘイダルの指示は的確だ。

 エッダは刃を引き、マルティの背側へと回り込む方を優先した。


「ふむ、さすがにあまり遊んでいる余裕はないか」


 マルティが身体の向きをズラす。

 エッダに対応するため、俺を正面から迎え討つことができなくなったのだ。


「くらうがよいっ!」


 ベルゼビュートが地面を蹴り、爪を構えた。


 マルティは右魔導籠手の大振りでエッダとヘイダルを牽制しつつ、左魔導籠手でベルゼビュートを正面からぶん殴った。


 ベルゼビュートは爪で攻撃すると見せかけながら、素早く腕を交差させて防御に徹した。

 受けると同時に、上体と腕を背後に反らして衝撃を逃がす。

 身体も浮いていたため、あれでは衝撃が伝わり切らないはずだ。

 斬撃ではなく、殴打だからこそできる対処法だ。


「ぐうっ……!」


 満点の受け方をしたにもかかわらず、マルティの馬鹿力の前にベルゼビュートは殴り飛ばされ、凄まじい勢いで地面に叩きつけられた。

 ベルゼビュートの維持のために、俺の中の魔力がまた消耗させられたのを感じた。

 一撃消滅は免れたが、これはこれでかなり厳しい。


「ほう、しぶとい悪魔だ。俺の一撃を受けて、消えずに残ったか」


 マルティが楽しげに零す。


 だが、これでマルティの隙を突ける……!


「《雷光閃》!」


 ベルゼビュートを殴り飛ばすために腕が伸びきった隙を突き、マルティの腹部を狙って刃を放つ。


 マルティは半歩退きつつ、魔導籠手を引き戻して身を守る。


 重力魔法グランテの強化もされていない、ただの魔導籠手……。

 それもマルティは強引に引き戻したため、受ける態勢も万全とはいえない。

 こちらは《雷光閃》で、威力も速さも底上げされている。

 ここで魔導器がかち合っても押し切れる……!


 俺の刃を、マルティが魔導籠手で受け止めた。

 

「厄介な闘術だ……」


 マルティが呟く。


 俺は《饕餮牙とうてつがグルイーター》を握り締めながら、自身の血の気が引くのを感じていた。

 押し切れない。

 マルティの魔導籠手が、まるでビクともしない。


 こんなことが、有り得るのか……?

 俺は一体、何と戦っているんだ?


「たかだか一冒険者の一撃が、ここまで重くなるとはな」


 マルティが言葉を続ける。


「この……!」


 俺は死力を尽くし、刃を押し込む。

 その瞬間、マルティの力も強くなり、俺は後方へと大きく弾かれた。

 刃に走らせていた雷が弱まり、消えていく。


 戦えば戦うほどに、マルティが大きくなっていくような錯覚さえ感じ始めていた。

 力押しでは、どう足掻いても勝てない……。




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(2021/09/11)

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