第百七話 圧倒的な力

 マルティは自分から魔導剣を手放したかと思えば、軍服の首許に手を入れ、十字架の付いた首飾りを手にした。

 俺はその首飾りに見覚えがあった。

 あれは《亜空の十字架》だ。


 ヒョードルが持っていた時空魔法パラドクスの、その中でも《ボックス》に特化した魔導器だ。

 魔核と闘骨を必要最低限を残して削り、小型化に成功している。

 《ボックス》は、異次元にものを収集しておける魔法だ。


「新しい魔導器を出すつもりかっ!」


 エッダが叫ぶ。

 俺達は同時にマルティへと飛び掛かった。


 これまでの《天斬刀アメノハバキリ》が本命の魔導器でなかったなど、悪夢のような事実であった。

 しかし、ここまでマルティは、魔法をほとんど用いていなかった。

 どうせ自分が出れば戦いが終わると考え、魔法適性や大きな特徴に欠けた魔導器を普段は装備していたと考えれば、辻褄は合う。

 つまり、今までのマルティは本気でさえなかったのだ。


「《ボックス》」


 マルティが《亜空の十字架》を摘まんで掲げる。

 宙に魔法陣が浮かび上がり、立方体が現れた。

 マルティはそこに腕を突き入れる。


「複数を相手取るのであれば、コイツが一番丁度いいか」


 一番速度に長けたエッダが、マルティへと斬り掛かった。

 エッダの刃は、マルティが《ボックス》より引き抜いたらしい武器に妨げられた。


 青黒い、巨大な籠手だった。

 鋭い鉤爪が伸びており、手の甲には顔のある不気味な太陽のような模様が刻まれている。


「《星落としゴリアテ》……俺の一番気に入っている魔導器だ。これを手に入れるのに大分苦労して、思ったより人間を殺すことになった。だが、クク、後悔などするわけもないがな」


「魔導籠手……?」


 エッダが眉を顰める。

 俺も、あんな魔導器は初めて見た。


「ハァッ!」


 マルティが籠手を振り抜いた。

 エッダの刃を弾き、そのまま刃越しに彼女の腹部を殴打した。


「がはっ!」


 エッダは喀血した。

 彼女の華奢なが身体が勢いよく吹き飛ばされる。

 明らかにこれまでとは膂力が桁外れだった。


 俺はエッダの身体を受け止め、魔導剣を持つ手をマルティへと向ける。


 マルティは既に、両手に《星落としゴリアテ》を装備していた。

 右手の甲に太陽が、そして左の甲に三日月が刻まれている。


「《イム》!」


 元々は短期決戦を仕掛けるつもりだったので、《イム》を撃つよりとにかく攻撃に出ることを優先していた。

 しかし、あまりにマルティは底が知れない。

 ここから何を仕掛けてくるのかも全く分からなかった。

 こんな状況では、まともに相手をすることができない。


 ……それに、最早、短期決戦は無理だ。

 完全にマルティに戦いのペースを取られている。


「《イム》か……今更だな。だが、見たいならば見よ。そして、勝手に絶望するがいい」


 マルティは《イム》の光を避けなかった。

 マルティの情報が、頭に雪崩れ込んでくる。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

《マルティ・マーレインズ》

種族:《純人族レグマン

状態:《通常》

Lv:50

VIT(頑丈):174+45

ATK(攻撃):142+51

MAG(魔力):158+51

AGI(俊敏):142+19


魔導器:

《星落としゴリアテ[B]》


称号:

《上級剣士[B]》《水の使い手[B]》《土の使い手[B]》

《火の心得[D]》《風の心得[D]》

放射魔法アタック》・上位[B]》《造霊魔法トゥルパ・上位[B]》《異界魔法サモン・上位[B]》

時空魔法パラドクス・中位[C]》《異掟魔法ルール・上位[B]》《重力魔法グランテ・上位[B]》


特性:

《智神の加護[--]》


魔法:

《イム[--]》《ウォターガード[B]》《ブラスト[C]》

《フレア[C]》《マジックアロー[D]》《アクアバレッド[D]》

《ファントムソード[B]》《ロックランプ[B]》《デモルディ[C]》

《デーモンゲート[B]》《デーモンハンド[B]》《リラールクロウ[C]》

《マジックキャンセル[B]》《ハイサーチ[B]》《ジャマー[C]》

《グラビスタンプ[B]》《グラビグローブ[C]》《グラビグラップ[C]》


闘術:

《硬絶・高[B]》《瞬絶・中[C]》《剛絶・低[D]》

《魔絶・低[D]》《瞑想[C]》《オド蘇生[B]》

《吸生法[B]》《反鏡闘[B]》《絶空刃[B]》

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 俺は、言葉を失った。

 《イム》によって見えたマルティの全て、そのどれもが、あまりに規格外過ぎる。

 魔法も闘術も、他の魔導尉と比べても遥かに多い。

 だが、それだけではない。


 【Lv:50】など……これまで俺は、見たことがなかった。

 生身の人間の最高レベルは《灰色教団》の司教オルノアの【Lv:42】だ。

 恐らくカンヴィアでもオルノアよりレベルでは劣っていたはずだ。

 魔獣を含めても王獣魔蝦蟇ベヒモスロッガーの【Lv:45】が最大である。


 《星落としゴリアテ》も、《饕餮牙とうてつがグルイーター》の補正値を俊敏さ以外の全てで大きく上回っている。

 人間は、ここまで強くなれるものだったのか……!


 ヘイダルは《予言する短剣ギャラルホルン》の未来視を最大限に活かし、上手く鉤爪の剛力を往なしながら立ち回っていた。

 刃で防いでも、まともに力を受ければエッダのように吹き飛ばされるのは明らかだった。

 下手すれば魔導剣が破壊されかねない。


「……幾つだった?」


 エッダが俺の腕の中で、訊いてくる。


「【Lv:50】……魔法は、五種類が上位に達してる。使える闘術と魔法は、全部合わせて三十近くにもなる」


 おまけに全て実戦で実用的な魔法ばかりだ。

 口にしていて、嫌になってくる。


「そう、か……」


 エッダは大きな反応は見せなかった。

 覚悟はしていたはずだ。

 だから、さほど驚きはしなかったのだ。

 しかし、俺と同様に、深い絶望があったことは見て取れた。


「ヘイダルだけでは持たん……やるぞ」


 エッダは自分に言い聞かせるように口にして、魔導剣を構えながら前に出た。

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