第百六話 雷鳴の一閃
「《クィック》!」
エッダはマルティの周囲を駆けながら、自身へ速度上昇の
ヘイダルもエッダ同様に動き、マルティの隙を窺っている。
彼の瞳は既に真っ赤に充血していた。
未来視をずっと維持している。
初撃には失敗したが、長丁場に縺れ込ませるつもりはないらしい。
ならば、俺も最初から全力で行く!
「《プチデモルディ》!」
早速、
徒手のマルティにさえ、エッダとヘイダルの剣が同時に往なされたのだ。
マルティ相手にオドを温存している猶予はない。
「ようやく、貴様の顔をぶん殴ってやれるというわけであるの! 貴様には、妾も長らく苛立っておったのだ!」
ベルゼビュートが息巻く。
俺、ベルゼビュート、エッダ、ヘイダルの四人掛かりで一斉攻撃に出た。
だが、攻撃がまるで届かない……!
マルテイは刃でエッダとヘイダルの攻撃を捌き、俺とベルゼビュートの攻撃は《硬絶》で硬化した手で弾く。
受け流すわけでもなく、ただの手刀で刃を弾くのだ。
闘気の差が激しすぎる。
こんなの、まともに肩や腹を狙えたって、《硬絶》で防がれたらどの程度のダメージになるのか怪しいものだ。
あまりに反則過ぎる。
俺とエッダだけでは敵いっこない相手だとは思っていた。
だが、そこにヘイダルまで加わったというのに、マルティは涼しい顔をしていた。
エッダとヘイダルが、同時にマルティの《天斬刀アメノハバキリ》に弾き飛ばされ、やや後方に下がった。
その瞬間、マルティが刃の頭を下げて構えた。
先に《絶空刃》を放った時の構えだった。
「さて、誰から死ぬ?」
否応なしに、脳裏に先程の《絶空刃》の威力が過った。
あんなもの受けるわけにはいかない。
回避に徹しなければならない。
「突っ込め、坊主!」
だが、ヘイダルの指示は、俺の考えとは逆だった。
未来視のできるヘイダルの言葉だ。
俺は歯を食い縛り、刃を振って前へと跳んだ。
マルティは、素早く構えを変え、俺の方へと出てきた。
《絶空刃》は脅しだったのだ。
主戦力の二人を弾いた隙に、《絶空刃》に怯えた俺を叩くつもりだったようだった。
「ほう……あの状況で、前に出られたか。大した勇気だ。だが、結果は変わらん!」
マルティが豪快に《天斬刀アメノハバキリ》を俺へと打ち付けようとする。
俺とマルティの間にベルゼビュートが割り込み、腕を交差させてマルティの刃を受け止めた。
「ベルゼビュート!」
「やってやれい、ディーン! そなたの意地を、未だに余裕振っておる支配者様へ叩き込んでやれ!」
《暴食の刃》は刃が遅くなるし、《雷光閃》も今からは間に合わない。
俺は《剛絶》で腕を強化し、《火装纏》で刃に炎を纏い、マルティへと突き出した。
マルティの腹部に、刺突が当たった。
だが、肉体に当たった感触ではなかった。
まるで岩の塊に刃を突き立てたようだった。
直後、刃に大きな衝撃が走り、俺は地面の上に倒された。
マルティは《天斬刀アメノハバキリ》を片手持ちに切り替え、素手で俺の刃を下へ弾いたのだ。
「がっ!」
蹴り上げられたベルゼビュートが宙を舞うのが見えた。
俺の魔力が削られる。
これ以上の維持は非効率だと判断し、俺は《プチデモルディ》を中断させた。
マルティが剣を掲げる。
「なるほど……悪くない一撃だった。だが、これまでだ」
このままだと殺される。
エッダもヘイダルも、まだ距離がある。
今の俺に、このマルティの攻撃を防ぐ術はない。
いや……一つだけ、ある。
オドの負担が激しいが、ここでやらなければ殺されるだけだ。
俺は魔導剣の柄を強く握り、一気に闘気を流し込んだ。
魔核より漆黒の光が溢れ出す。
「《
黒い光が俺を覆い尽くし、球体となる。
全てを喰らう、漆黒の鎧だ。
マルティも《
だが、飛び上がって距離を取り、《天斬刀アメノハバキリ》を下段に構えた。
「不気味な力だ。だが、身動きが取れないのであれば、これで終わりだ。《絶空刃》!」
宙より、超射程高火力の斬撃が放たれる。
地面に大きな亀裂が走り、土煙が舞った。
斬撃と《
だが、《
マルティが茫然とした顔で、目を見開いていた。
《絶空刃》の絶対の自信を持っていたようだった。
そもそも打ち破れること前提で宙に跳んでいたのだ。
「馬鹿な……《絶空刃》が、通らない……?」
ここしかなかった。
俺は闘気を集中させ、全身に雷を纏う。
当たるかどうかは完全に賭けだ。
《雷光閃》は発動してからの動きは速いが、前動作が大きいため、そこを見切られれば闘気で俺を上回っているマルティには当てられない。
《
《天斬刀アメノハバキリ》を振り切り、落下してくるマルティ目掛け、飛び上がった。
マルティは露になった俺に対し、遅れて《天斬刀アメノハバキリ》を構えた。
「それは、ガロックの……!」
「お前が死に追いやった、ガロックさんの技だ!」
雷を纏う刃が、マルティの腹部から胸部に掛けて走った。
《雷光閃》はマルティにまともに炸裂した。
軍服が焼き切れ、身体に黒い大きな傷が刻まれた。
マルティの大きく開いた口から黒い煙が微かに漏れる。
マルティは肩から落ちたが、受け身を取って素早く起き上がり、フラフラと退いた。
「有り得ん……こんな、ことが……。あの魔導器の、力だというのか? 《絶空刃》さえ防ぐ障壁に、俺でさえガロック以外に使い手を見たことのない《雷光閃》だと?」
俺は息を切らしながら、マルティを睨んだ。
まだ、動けるのか……?
《雷光閃》の威力は桁外れだ。
直撃を当てたのだから、これで終わらせられると思っていた。
《邪蝕闘気》と併用すべきだったかもしれない。
いや、《雷光閃》単体でさえ、当てられるかどうかギリギリだったのだ。
ただでさえ前動作の大きい《雷光閃》に《邪蝕闘気》を重ねるなんて、その余裕はなかった。
俺の横に、エッダとヘイダルが並んだ。
「よくやった、坊主! この調子なら、本当にあのマルティ相手でも、押し切れるかもしれねえ」
「素晴らしい! なんと素晴らしい!」
マルティが大口を開け、狂ったように笑い始めた。
異様な様子だった。
自棄になったのとは明らかに違っている。
これまで立場によって取り繕われていた、魔導佐のマルティという仮面が剥がれ、闘争本能の化身が、表へと姿を現しつつあった。
「なんという魔導器だ! 貴様の魔導器に何か秘密があるとはずっと思っていた! いや、しかし、まさかこれほどとは思っていなかった! 窮地だと思っていたが、違ったのだ! これは、俺に訪れた好機だったのだ! 《黒輝のトラペゾヘドロン》に続き、こんなものまで手に入るとは! やはり俺は、天に愛されている!」
マルティの口許からは涎が垂れていた。
「すぐに終わると思ったが、そうもいかんらしい。こんな退屈な武器で相手をするのは、止めにしよう」
マルティは《天斬刀アメノハバキリ》を地面に突き立て、手を離した。
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