第百三話 ある魔導佐の目的(side:マルティ)

 リューズ王国東部における最大の都市、パルムガルト。

 この地を治めるシルヴァスは王国四大魔導将の中でも武闘派であり、王国最上位クラスの魔導器使いを複数名抱えている。


 そのパルムガルトの近隣の村の商店の奥で、魔導佐のマルティとヘイダルは落ち合っていた。

 この村はマルティの統治する都市ロマブルク側に位置しており、マルティはシルヴァスの動向を探るための一環としてこの村の者に息を掛けていた。


 今回、マルティはこの村の者に周辺を警戒させていた。

 万が一にセリアが魔導尉の追跡を逃れた場合、シルヴァスの目の届くパルムガルト周辺の地まで来て油断したところをマルティが叩く狙いであった。


「なるほど、プリアが殺され、そこの一人を除いて一般兵も失った、と……」


 マルティは椅子に座りながら、ヘイダルの後ろを指差す。

 ヘイダルの後ろには、先の戦いをたまたま生き延びた一般兵が、顔を真っ蒼にして立っていた。


「……はい、そうです。対象の奴らが、急成長していたのは確かです。ただ、戦力では、それでも充分こちらが勝っていました。数の利を活かしきれなかったのは、魔導尉であった俺の戦略ミスです」


「信じ難いな。連中に手を貸した者がいたのか? ラゴールの《黒狼団》の人間か?」


「いえ……。それに、どうやら俺達が接触する前に、他の魔導尉がガロックを仕留めていたようでした」


「ほう?」


 さすがのマルティも眉を顰めた。


「その報告は未だ聞いていなかった。それに、お前達が接触した場所を考えると、合同部隊が敗れたのはこれで二度目以降である、ということか……。その伝令兵さえなかったことと、奴らの移動ルートを思うと、敗れたのはカンヴィアとジルド辺りか」


 マルティが額を押さえ、顔を伏せる。

 マルティは万が一に備え、この村に来てセリアが近くまで来るのに備えていた。

 それは万が一があれば、自身の地位が危うかったからである。

 だが、本当に必要になるとは、さすがのマルティも考えてはいなかった。


 マルティが後ろ手で壁を殴った。

 石の壁に容易く亀裂が走り、部屋内が大きく揺れた。

 マルティが顔を上げる。その目は、怒りに充血していた。


「ふざけるなよ……。こうならないように、俺はこの重要な時期に、これだけの戦力を割いたのだ。それが、なんだこの状況は? たった一つの取り零しが、まさかここまで尾を引くなど! 注意していたガロックもとうに命を落としている。相手は、多少変わった魔動器を持つだけの、C級以下の冒険者三人ではなかったのか」


 ヘイダルは息を呑んだ。

 マルティは、魔導器の闘気補正抜きで壁を殴り壊した。

 闘気の格が違う。高レベル冒険者であるヘイダルだが、一瞬でそれを理解させられた。


「申し訳ございません、魔導佐様。どのような形でも、処罰はお受けさせていただきます」


「必要ない。お前に八つ当たりしても、仕方がないだろう。躊躇わずにすぐ俺へ報告に来たことを感謝しているくらいだ。お前がいなくても連中の補足は容易かったはずだが、ここでの情報の有無は大きい。それに……予兆はあった。それを見逃していたのは俺の失態だ」


「予兆……?」


「ああ、運び屋から唐突に冒険者デビュー……ロマブルク最上位の冒険者であったヒョードルへの勝利、《灰色教団》討伐に関与、そして挙句の果てには、魔導尉の合同部隊の突破、か。こうなる前に、叩かねばならんかったのだ。ディーン・ディズマ……まさか我が栄華の最大の障害が、貧民街のガキになるとはな」


 ヘイダルは、マルティがここまで感情的になっているのは初めて見た。

 いつも何かがあっても落ち着いており、問題ごとが起きても、その対処はもう済んでいると高笑いしていた。

 ヘイダルは入軍して浅いが、その認識は他の魔導尉も大きくは変わらない様子であった。


「しかし、お前が知らせに来るとはな。プリアには、今回のお前の言動を確認させ、今後の対シルヴァスの駒として使えるかどうかを評価しろと伝えていた。それが、重要な駒を一気に失って、お前を頼りにせざるを得なくなるとは。シルヴァスとの対立は、もうとっくに賽が投げられているというのに」


「……疑っていると、正直に告げるんですね」


「当然だ。今まで俺は、後ろ暗い弱みのある者や、後のない者、俺に盲信的な忠誠を誓ってきた者だけを側近にしてきた。だが、それでは、俺の求めた人材は集まらんかった。頭が切れ、戦闘能力が高く、そして何より自分の信条を持つ者だ。ヘイダル魔導尉殿よ、お前は俺に刃を向けられる機会があれば、きっとそうしただろう。そんなお前だから、俺はお前が欲しかったのだ」


 魔獣のような眼光を前に、ヘイダルの背筋に寒気が走った。


「ハ、買い被りですよ、魔導佐様。反意なんて、とっくに諦めてます」


「フン、まぁ、それはよい」


 マルティがゆらりと席を立つ。


「ここまで来た以上、当然俺も動く。ディーン・ディズマは、俺が直接叩かねば安心できん。ヘイダル魔導尉殿よ、お前にもついて来てもらう」


「……魔導佐様が動くのでしたら、俺なんかは不要なのでは? それに、俺があいつらと《ガムドン決死団》で一緒だったのは、ご存知ですよね」


「お前には、動けなくなった奴らに止めを刺してもらう。元々、今回はお前の動向を見ると同時に、心を折っておくのが目的の一つだった。ここで自分の選択で奴らを葬ったなら、後々つまらんタイミングで俺に反意を向ける気も削がれるだろう」


 マルティがギョロリとヘイダルを睨む。

 ヘイダルの額より冷や汗が流れた。


 その後、ヘイダルと一般兵は、マルティに今回の戦いにおける詳しい情報、ディーン達の魔導器や使用闘術、レベルを伝えた。


「なるほど……ディーン・ディズマは、闘術が異様に多い、と。恐らく魔導器に、何かあるな。それに助けられてきているとすれば、まさか……いや、しかし、用心するに越したことはない、か」


「ただ、赤眼の嬢ちゃん、エッダ・エストロアは、俺の剣技……《九界突き》によって闘気を絶えさせています。一週間は戻りません。だから、彼女を警戒する必要はないでしょう」


 ヘイダルの言葉に、マルティが確認を取るように一般兵へと視線を向けた。


「は、私もそれは確認いたしました」


 一般兵の言葉に、マルティが満足したように頷く。


「ロマブルクに名高いので俺も知っていたが、恐ろしい技だな。《九界突き》……クク、その技なら、桁外れに頑強な俺の闘気を破ることができるかもしれんぞ」


「お戯れを。止めてください」


「ならば、注意すべきは完全にディーン・ディズマ、ただ一人か。ヘイダル魔導尉殿は、その間にラゴールのガキと、鍛冶師、そしてナルクの小娘を殺せ」


「俺が、ですか?」


「俺は、俺に忠実な魔導尉を三人失ったかもしれないところでな。お前の忠誠を見せてもらうぞ、ヘイダル魔導尉殿よ」


「……わかりました」


 ヘイダルは頷き、それからマルティの顔を怪訝な表情で窺っていた。


「どうした?」


「いえ……何を考えているんですか? ついさっきは激怒していたかと思えば、貴方は今、笑っている」


 マルティは言われて初めて気が付いたように、自分の頬に手を触れた。

 それからより一層と顔を皴を深め、邪悪な笑みを浮かべた。


「クク……長らくいなかったのだ。この俺を、戦場に引き摺り出す者など。お前に言うまでもなかろうが、高いオドを得るには、格上の存在を殺す以外に方法はない。どれだけ大人しく構えていようが、レベルの高さは、闘争を求める強さでもある。俺は感じる。俺の血肉が、オドが、魂が、戦いを予期し、沸き踊るのを! 久しく忘れていた、俺に刃向かう者を、障害を、直接この手で叩き潰す快感を!」


 マルティが笑い声を上げる。

 その顔付きや闘気は、獲物を前にした魔獣に似ていた。


 ヘイダルの額から汗が噴き出す。

 気が付けば彼は、魔導剣の柄に手を触れていた。


「俺は待っていたのだ! 万事に備えながらも、その全てを破って俺の喉元に喰らいつこうとする、獣が現れるのを」


「貴方、まさか、折角実力だけで魔導佐まで昇り詰めたのに、大勢を巻き込んで魔導将に喧嘩を売ろうとしてるのも、それが、そんなものが目的だと?」


 マルティは答えない。

 ただ、悪鬼のような笑みを浮かべていた。


「化け物め……」


 ヘイダルは小さくそう零した。

 マルティにもそれは聞こえていただろう。

 だが、彼はそれに反応を示さなかった。

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