第九十九話 最後の貫手

 プリアの腹部に、刃の傷があった。

 エッダに既に一撃を受けているのだ。


 しかし、俺とて、かなりオドを消耗させられている。

 相手は一般兵とプリアの二人だ。


 あまり余裕のある戦いではない。

 オドを温存するより、一気に手札を使って相手を倒してしまった方がいい。

 プリアさえ倒し切れば、俺達は戦力的にはかなり優位になる。


 プリアとは一度戦っている。

 《イム》は使っていないが、手札は大体わかっている。

 彼女の魔導剣である《串刺し公ヴラド》は、刺突剣レイピア型の魔導剣だ。

 防ぎにくく、素早い直線攻撃が売りだ。

 使ってくるのは土の放射魔法アタックである《スキュアズ》、そして《硬絶》とそれを活かした体術にも長けている。


 《硬絶》と体術は、攻撃面よりも防御面に優れている。

 刃を弾いても隙が突きにくく、一撃入れても致命傷とはなりにくい。

 エッダが圧倒しつつも、プリアを倒し切れなかったのはそれが理由だろう。


「《プチデモルディ》!」


 ベルゼビュートを再び実体化させる。

 これで、俺の魔力は最後だ。

 遠距離や小細工は捨てて、一気に畳み掛ける。


「一般兵を露払いしたら、本体を叩くのに協力してくれ!」


「うむ、任せておれ!」


 ベルゼビュートが地面を蹴って先行する。

 プリアの前に出た一般兵が、ベルゼビュートの爪を受け止める。

 続く爪の一振り、二振りを、防戦一方ながらに確実に対応していた。


 一人ならすぐに叩けるかと思ったが、あの調子だと少し長引きそうだ。

 エッダの猛攻から生き延びただけはある。

 それに、俺の魔力もジリ貧すぎて、ベルゼビュートがまともに力を発揮できていないようだ。


「死になさい!」


 プリアが刺突を放つ。

 身体を逸らし、回避する。

 その後も刺突の追撃を放って俺を右側に追い込み、逆側から蹴りを放ってきた。


 俺は《剛絶》と《硬絶》を用いて、腕の肘で蹴りを弾く。


「ぐっ!」


「前のように、体術で楽にあしらえると思ってたなら、大間違いだ!」


 俺は魔導剣の刃をプリアの胸部へと突き出した。

 プリアは《硬絶》で強化した手で俺の刃を横に弾き、そのまま俺の目に向かって指を突き出してきた。


「眼球抉り出してあげるわ!」


 俺も手を上げ、彼女の手首を掴んだ。

 《剛絶》と《硬絶》でがっしりと止める。


「こんなガキに、私の体術が……!」


 行ける!

 プリアは《硬絶》で強化した手足を追加の武器にして手数を稼ぎ、優位に立つ戦闘スタイルだ。

 だが、そこに《剛絶》と《硬絶》の組み合わせが刺さっている。

 こちらから仕掛けるのは厳しいが、攻撃を往なすことはできている。

 相手のアドバンテージを潰せている。


 プリアが勢いよく腕を引いて俺の掴みをすり抜け、同時に間合いを取り直した。


「舐めるんじゃないわ……。私が、私が、こんな、こんな奴に……!」


 プリアは《串刺し公ヴラド》を構え、一気に突き出してきた。

 刃が俺のこめかみを掠める。


 急に速度が跳ね上がった!

 まさか、《瞬絶》を温存していたのか?

 いや、違う……体術への変化を捨て、完全に剣術一本での勝負を掛けに来ているのだ。


 反撃しようとしたが、素早く二発目が放たれ、前に出られなかった。

 構えてから振るう必要がなく、一手で大抵の構えから目標に対して放てる突きは、初動から到達までが速い。


 体術さえ潰せば優位に立てると思っていた。

 だが、剣術一本に定めたプリアの突き技は、思いの外に強力だった。

 あまり戦ったことのない刺突剣レイピア型なのも、対応を困難にさせていた。


 プリアも、一切油断なく俺を殺しに来ている。

 左右に高速で突きだされる刺突を、俺は《視絶》で必死に回避し続ける。

 目から血が滲んでくるのを感じていた。


 迫り来る刃の先端。

 《視絶》のお陰で見えてはいるが、この位置だと躱せない。

 俺は《水浮月》で透過させ、首を大きく振った。

 俺の頬を刃が貫く。刃がすり抜ける。


 プリアが険しい表情で俺を睨み付ける。


 プリアはカンヴィアには力と手数で劣るし、ヘイダルにも剣技で劣ると考えていた。

 だが、それは、プリアを舐めて掛かり過ぎていた。

 本気になったプリアが、ここまで素早い刺突を連続で繰り出せるとは思っていなかった。


 反撃に出る隙間を見つけられない!

 このままだと《視絶》と《水浮月》を維持する闘気さえ完全に削ぎ落される。

 プリアはどうして絶の強化もなく、ここまで精巧で素早い刺突の連打を繰り出すことができるのか。 


 だが、苦しいのは俺だけではなかった。


「どうして、どうして当たらないのよっ!」


 プリアがヒステリックに叫ぶ。

 プリアも、これだけの速度の連撃を放つのに、かなり腕とオドに負担が掛かっているようだった。

 俺もプリアも、残りの手札も、闘気も少ない。

 ここで先に崩れた方が負ける。


 俺は瞳を絞るような感覚で《視絶》を継続する。

 左右上下に放たれる刺突。


 これ以上は、《視絶》が持たない。

 だが、途切れさせた瞬間に俺は貫かれる。


 その最中、温い一撃が来るのを察知した。

 牽制と同時に、手を少し休めたかったのかもしれない。

 速度があまり乗っていない。

 どうせ当たらないので、ここは避けさせよう、という一撃だった。


 ここで、行けるか……?

 いや、無理だ。どうせ、すぐに引いて次の一撃が来る。


 だが、これ以上は俺の目が持たない。

 賭けに出るしかなかった。


 俺はゆらりと魔導剣を構え、前に出る。


「いかん、ディーン!」


 交戦中のベルゼビュートが、悲鳴のような声を上げる。

 直後、プリアの《串刺し公ヴラド》は、俺の横っ腹の肉を抉っていた。


 俺の血肉が宙を舞う。

 視界が赤に染まり、ぐらりと歪む。


「やっ、やった……ついに当たったわ。これで、マルティ魔導佐様に失望されないで済む……」


 悪い、エッダ……。

 援護には、向かえそうにない。


 だが、プリアは倒す。


「かた、い……まさか!?」


 プリアは《串刺し公ヴラド》を引こうとして、茫然とした表情を浮かべる。

 俺は目を見開き、最後の闘気を右腕に注いだ。

 オドを絞り切り《剛絶》を放つ。


「うおおおおおおおおっ!」


 俺は喀血しながら吠える。

 プリアは俺の刃の先を、茫然と見つめていた。


 敢えて《串刺し公ヴラド》の一撃を受けたのだ。

 速さの乗っていない、威力の弱い一撃を、なるべく浅く、横っ腹で受けた。

 そして受けた瞬間、《硬絶》でがっちりと硬め、刃を容易には抜けなくしたのだ。


「あ……」


 プリアは《串刺し公ヴラド》の柄を握る手を緩めて背後へ引こうとして、握り締め直した。

 判断に悩み、中途半端な行動を取った。

 プリアは魔導剣を握りながら闘術を噛ませた体術で応戦するか、離して撤退して俺が出血で自滅するのを待つべきだった。

 その両者で揺れ、どちらも取れなくなった。


 俺の魔導剣の刃が、プリアの胸部を貫いた。

 プリアの口から血が垂れる。視線を自身の胸部へと落とし、わなわなと肩を震わせる。


「う、嘘……こんな……」


 勝ったと、そう思った。

 だが、次の瞬間、瀕死だったプリアが目を見開いた。


 至近距離より、即座に俺の両目目掛けて貫手を放つ。

 俺も腹部の怪我が重く、意識が朦朧としており、咄嗟に対応できなかった。


 俺の瞼に、プリアの指が触れる。

 だが、そこまでだった。

 プリアの手は力なく地に落ち、だらりと身体が俺に凭れ掛かってきた。


 プリアのオドが、俺に流れ込んでくる。

 俺は呼吸と心音が粗くなっていた。

 後ほんの少しプリアに気力が残っていれば、目を深く穿たれ、失明か、最悪そのまま殺されて相打ちになっていた。


 だが、俺が勝った。

 これで最後の敵はヘイダルになった。

 ヘイダルさえ倒せば……俺達は、パルムガルトへ辿り着けるはずだ。


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