第九十七話 《九界突き》

 ヘイダルの《九界突き》は、《灰色教団》のブラッドを倒した技だ。

 あのときヘイダルが教えてくれたので、《九界突き》が何をする技なのかは知っている。

 九連の刺突を放つ技で、未来視を用いて、本来実践的ではない、相手の心臓や頭部から離れた細かい急所を狙うのだ。

 故に、対応が困難である。


 九つの急所を穿てば、相手の闘気を完全に止めることができる、とも口にしていた。

 ただ、実際に全てを当てる必要はないはずだ。

 桁外れの闘気を持つ、異様に頑丈だったブラッドが、四ヵ所に刺突を受けて即座に撤退を決意した技だ。


 俺は《視絶》を用いて、一気に目を強化する。

 強引にでも、目に少しでも闘気を送り込む。

 後でどれだけ反動が来ても、今見切れなければ、殺される。


 一撃目……肩に刃が飛んできた。

 完全に反応できなかった前回と違い、刃先は見えていた。

 軌道もわかる。

 だが、防ぐのも、避けるのも、間に合わない。


 右に動いて浅く済ませつつ、《水浮月》で透過させるしかない。

 

 一瞬、ヘイダルの短剣が止まった。


「あ……」


 俺は思わず、そう口に出していた。

 俺の肩を、ヘイダルの刃が捉えていた。


 完全に見切られている。

 俺の《水浮月》のタイミングを読んでいた。


 あの技は、長時間持続させることができない。

 闘気の消耗も激しい。

 未来視でタイミングを読まれ続ければ、一方的にな疲弊を強いられる。


 無理だ……残り八連、躱しきれない。


 戦闘では常に、深手を狙って剣を振るうものだと思っていた。

 細かい手傷を与えるより、もう少し押し込んで致命傷を狙った方が遥かにリターンが大きいからだ。

 だが、意識して振るわれた、熟練者の細かい手傷を狙う一撃が、ここまで対応困難なものだとは思わなかった。


 力任せに振り切るのは、技量で返される。

 《剛絶》では駄目だ。

 技量には技量で応じるか、そうでなければ速さが必要だった。

 ヘイダルを相手取るのは、《瞬絶》と高い剣の腕を誇る、エッダが出るべきだったのだ。

 俺は《九界突き》に対応できない。


 ヘイダルが次の剣を振るう。

 その刃を、俺はしっかりと目で捉えられていた。

 《視絶》と極限に高まった集中力が、俺にヘイダルの刃の軌道を教えてくれていた。


 ここから、この刃はどう動く?

 どっちだ? どう捌けば、俺はこの刃を避けられる?


 俺は《闇足》で前に出ながら、武器のリーチを活かしてヘイダルの胸部を狙った。

 だが、ヘイダルはその動きをわかっていたように下がる。


 俺とて、対応されたときの動き方は考えていた。

 動きを替え、そのまま《闇足》で横に逃げようした。

 ヘイダルの刃は、俺の足を斬りつけた。


 《硬絶》で守りはしたが、闘気が抜けるような感覚があった。

 外傷とは別に、闘気を引き剥がすような嫌な感覚がある。

 二撃目も受けてしまった。これ以上は、さすがに通すわけにはいかない。


 頼みの《水浮月》は見切られた。

 《闇足》や《視絶》じゃ足りない。

 《硬絶》でも駄目だ。

 《剛絶》も攻勢にさえ出られない以上、役に立たない。


 俺は《硬絶》で強化した手刀を伸ばす。

 刺突に《刃流し》を使うのは初めてだが、そうでもしないと往なせない。


「奇を衒ったような動きは、俺の前じゃ悪手だ」


 ヘイダルは手刀を無視し、俺の側部に回り込む。

 反応できなかった。

 このまま、三撃目も受けるしかない。


『ディーン、使え! 温存している余裕はないぞ!』


 ベルゼビュートの言葉に、俺は唇を噛んだ。

 魔導剣の柄を強く握り、一気に闘気を流し込む。

 魔核より、漆黒の光が溢れ出す。


「《餓獣の牙グラトニー》!」


「なっ……!」


 ヘイダルは地面を蹴り、素早く下がった。

 黒い光が俺を覆い尽くし、球体となる。

 

 《餓獣の牙グラトニー》は、《饕餮牙とうてつがグルイーター》の特性だ。

 黒い球状の魔力を展開させ、範囲内のものを喰らい尽くす。


 《イム》で見たときは鎧だといわれていたが、ここまでの旅路で検証し、物理的な破壊力自体も高いことを確かめていた。

 ただ、範囲はさほど広くない。

 球の直径は、俺の全長より少し長い程度だ。

 魔力消耗も激しく、持続させることは難しい。


 黒い光が晴れる。

 地面は《餓獣の牙グラトニー》に抉られ、球状の窪みができていた。

 俺はそこに膝を突き、息を切らす。

 

 やはり魔力の燃費が悪すぎる。

 ヘイダルの連撃を許せば終わっていたので、使わざるを得なかったのは間違いないが……。

 《イム》の説明通り、相手の魔法の大技を往なすのに使うのが、一番適切な使い方なのだろう。


 しかし、《餓獣の牙グラトニー》で魔力を切り、《九界突き》に闘気を削がれたのが痛い。

 かなりオドの疲弊を強いられた。

 ヘイダルとて未来視を酷使する《九界突き》にかなり体力を消耗したはずではあるが、まだまだ戦えそうな雰囲気であった。


 それに、それだけではない。

 俺の使い勝手のいい技を、未来視持ちのヘイダル相手に全て晒してしまった。

 ここから先、ヘイダル相手にまともに攻撃を入れられる自分が想像できない。


「何を突っ走ってるんです、魔導尉殿?」

「あそこまで攻めなくったって、適当に相手してりゃ、すぐ俺らが追い付いたのに」

「私情持ち込むの止めてもらっていいですか? 魔導佐様は何故か妙に貴方を評価してますが、俺ら、全然信用してないんで」


 追い付いてきた三人の一般兵が、横に広がって俺の逃げ場を潰す。

 ヘイダル一人でも俺より格上なのに、出遅れていた三人が追い付いてきた。


 ベルゼビュートなら、倒すことを後回しにすれば、三人同時に相手取ってくれるか?

 いや、ベルゼビュートにヘイダルを任せ、まずは一般兵を俺が減らすべきか……?


 しかし、どう見積もっても、オドが持たない……。

 いや、今できることをやるしかないんだ。

 戦いが長引けば、何か予想外の事態が起きてもおかしくはない。

 それに、どれだけ理詰めで考えたって、一つのミスで命を落とすのが戦いだ。

 それは俺にも言えるし、相手にも言えることだ。


「《プチデモルディ》!」


 俺は造霊魔法トゥルパを用いて、ベルゼビュートを実体化させる。


「一般兵でよいのか?」


「ああ! 時間を稼いでくれ! ヘイダルさんは、俺がやる!」


 俺はヘイダルを睨み付け、そう口にした。

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