第九十六話 《予言する短剣ギャラルホルン》

 ヘイダルが《予言する短剣ギャラルホルン》を掲げる。

 彼を中心に魔法陣が展開される。


「《バトルセンス》」


 ヘイダルを中心に魔法陣が展開され、身体を青い光が覆う。

 あれは何の魔法だ?


 ヘイダルは異掟魔法ルールを主体に扱うはずだ。

 異掟魔法ルールは異界の掟をこの世界に持ち込み、利用する魔法だ。

 そういえば強力なようだが、感知や、範囲内で使用できる魔法に制限を課すような魔法が多い。


 無論、使い方次第で戦況を大きく変えるし、異掟魔法ルールを使える魔導器は少ないので、感知術士は重宝される。

 ただ、華のある大技というより、盤外戦術や小技のような魔法が多いのだ。


「三十六……三十五、二十四、一。なるほど、ここまで来られたわけだ。油断していた合同部隊一つ滅んでたって、おかしくはねぇな。随分、苦労してきたみてぇだな」


 俺はそれを聞いて驚いた。

 三十六は、俺のレベルだ。

 二十四はマニのレベル、となれば三十五はエッダのレベル、一はセリアのレベルだろう。


 視界にいる敵のレベルを全て察知する異掟魔法ルール……強化版の《イム》といったところか。

 いや、《イム》はしっかりと相手に当てなければならないが、細かい闘気の偏りや、扱える闘術まで把握することができる。

 一長一短……インスタントに情報を得ることに長けている。


「ここにガロックまでいたら、かなり厳しい戦いになってただろうよ。いや……今でも、俺らがヘマすれば好機はあるかもな」


 ヘイダルの言葉に、一般兵達がざわつき始めた。

 プリアも表情を歪め、ヘイダルを睨みつけている。


「【Lv:36】に、【Lv:35】ですって!? 貴方、嘘を吐いて何か企んでるんじゃないでしょうね?」


「信じないなら結構だ。油断して飛び込みゃ、死ぬのはアンタだ」


「……ロマブルクの街門で戦ったときは、そんなレベルじゃなかったのに」


 俺はマニへと目で合図を送った。

 マニも頷く。


 今の状況、マニにはセリアを守ってもらうべきだ。

 魔導尉の二人は、俺とエッダで相手取る。

 

 三人の一般兵と共に、ヘイダルが接近してくる。

 俺は息を呑み、覚悟を決めた。

 俺だって、ここで負けるわけにはいかない。


 ヘイダルの戦い方は、ブラッド戦で共闘した俺が一番よく知っている。

 俺が行って、プリアをエッダに任せるべきだ。


 ヘイダルは《予言する短剣ギャラルホルン》の特性を用いた、未来視を利用した正確な読みと、卓越した剣技で戦う。


 本人はよく、自分の本分は感知術士であって、戦闘ではないと口にしている。

 事実、派手な魔法を放つわけでなければ、膂力や速度で押すタイプでもない。

 だが、それでもヘイダルは、ロマブルク最強格の冒険者だとされている。

 それは《予言する短剣ギャラルホルン》の未来視もあるだろうが、純粋に剣士としての力量が高いためだ。


「《ブレイズフレア》!」


 俺は魔法陣を展開し、三つの炎弾でヘイダル達を攻撃する。

 一般兵は足を止め、各々の方向へ跳んでの確実な回避に出た。


 だが、ヘイダルは足を止めず、そのまま向かってきた。

 寸前で身を翻し、俺の放った炎弾を避ける。


 一気に肉薄し、刺突を放ってきた。

 俺は左に跳んで躱し、ヘイダルへ《饕餮牙とうてつがグルイーター》を振るう。

 ヘイダルは難なく短剣で防ぎ、切り返してくる。

 俺も刃で受け、《剛絶・中》で弾き飛ばした。

 ヘイダルは膝を曲げて着地の衝撃を殺し、体勢を保つ。 


 行ける……!

 ヘイダルには、瞬間的に闘気を引き上げる絶がない。

 恐らく、接近戦で使える魔法もない。

 基本的な闘気も恐らく五分五分だ。

 レベルを上げ、魔導剣を替えた甲斐が出ている。


 《剛絶》と、近距離戦用の呪痕魔法カースを複数種持っていたカンヴィアは、やはり魔導尉の中でも別格だったといえる。


 ヘイダルにはまだ未来視がある。

 だが、あれは本人への負担がかなり重いはずだ。


 剣の打ち合いでは、絶で力押しすれば、優位は取れる。

 俺には細かい闘術があるし、離れれば放射魔法アタックがある。

 一般兵もいるが、俺だって《プチデモルディ》で手数を稼げる。

 ヘイダルは俺とベルゼビュートを同時に相手取るのはかなり厳しいはずだ。


 ヘイダルには、今の俺でも勝てる。

 ……勝てて、しまう。


「本当に、強くなったな、坊主」


 ヘイダルの瞳が一気に充血した。

 同時に《予言する短剣ギャラルホルン》が、輝きを帯びた。


 来る……未来視だ!

 強い悪寒を覚え、俺は魔導剣を中断で構えて咄嗟に対応できる幅を広げ、《硬絶》を全身に走らせた。

 重ねて《視絶》で警戒を巡らせる。


 次の瞬間、俺の脇腹にヘイダルの刃が届いていた。

 腹部の肉が抉れ、血が宙を走る。

 ヘイダルの刃を視認したのと、激痛に気が付いたのと、ほとんど同時だった。


 意識の死角に入り込んできた、そんな感覚だった。

 俺が反応できないところを、反応しないところを知っていた。

 そうとしか言いようがない。


「浅い……《硬絶》か」


 ヘイダルが呟く。


 俺は《闇足》で背後へ跳んだ。

 だが、同じ速度でヘイダルが迫ってくる。

 距離が、開けられない。


 ヘイダルの未来視が、ここまでだとは思っていなかった。

 発動間はまともに対応できない。

 ヘイダルの未来視と、彼の剣士としての才覚が合わさり、強力な武器となっているのだ。


 俺は腹部を引いた。

 だが、ヘイダルの刃は、俺の腹を深く裂いた。


 肉が崩れ……すぐ元に戻る。

 《水浮月》の透過能力だ。

 どうにか対応はできたが、《硬絶》と《水浮月》を、初見相手に使っていながら、防戦一方だ。


「お前には、何か特別な力があるようだな。そうでもなければ、軍に喧嘩を売って、ここまで生き残れてはいないか」


 ヘイダルの言葉に、俺は口許を引き締めた。


「……そうだとしたら、手を貸してくれますか?」


 ヘイダルは、俺達がヘイダルとプリアを倒してこの場を乗り切っても、どうせパルムガルトへは辿り着けないと思っているようだった。

 だが、しかし、ベルゼビュートのことを知れば、俺達に力を貸してくれるかもしれない。


「甘ぇよ、甘い。いや……余計なことを口にしたのは、俺の方か」


 ヘイダルが俺へ間合いを詰めながら、《予言する短剣ギャラルホルン》を天井へ掲げる。


「悪いが、終わらせるぞ、坊主。《九界突き》」


 ヘイダルの瞳から、血の涙が溢れた。

 目に相当量の闘気を注いでいる。

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