第九十五話 対立

「赤眼の嬢ちゃんと黒髪の子は、《ガムドン決死団》以来だな。よかったよな……って言っちゃ、少し変か。あのときゃ、本当に大変だったんだから。でもよ、あの自由で賑やかな空気が、俺は本当に好きだったんだ。元々、だから俺は、長らく冒険者やってたんだ」


 ヘイダルは目を瞑る。

 ヘイダルの言葉は、まるで自分自身に確認しているかのような言葉だった。


 エッダは無言で魔導剣を構えたまま、ヘイダルへと近づこうとする。

 俺は彼女の前に出て、手で制した。


「と、止まれ、エッダ!」


 エッダが俺を睨み付ける。


「何故止める?」


「何故って、お前、魔導剣を構えたまま……」


「本当に甘いな、お前は。奴は軍服を纏い、今の私達を任務で追い掛けてきたのだ。さっき、奴が言ったことそのままだ」


「だから、俺達を助けに来てくれたんだよ。合同部隊から離れて……お前だって、ヘイダルさんとは《ガムドン決死団》で一緒だっただろ? 信用できる人だってわかるだろ!」


 俺は声を荒げ、エッダへとそう言った。


 ヘイダルは進んで軍に入ったわけじゃない。

 軍より強引な勧誘を受けているだとか、断ればまずいかもしれないだとか、そう言っていたのを覚えている。


 それに、ヘイダルの人間性は信用できる。

 街中で暴れた《灰色教団》のブラッドを倒すため、真っ先に飛び出していった勇士を、俺は覚えている。

 《ガムドン決死団》にも率先して参加し、俺達を勧誘してくれた。

 プリアと揉めて危ない状況だった俺を助けてくれたのもヘイダルだ。


「奴の顔を見ろ! あれが、窮地に陥った知人を助けに来た、男の顔に見えるか? お前が魔導剣を強く握り締めているのも、あの男信用ならんからに他ならぬだろうが!」


 エッダが叫ぶ。


「話を聞いてみないとわからないだろ! ヘイダルさんは、連中に魂を売るような真似をする人じゃない!」


「……止めてくれ。赤眼の嬢ちゃんの言う通りだ。俺は、お前らを任務で殺しに来た」


 ヘイダルは、あっさりとそう白状した。

 俺はその意味を理解するのに、頭の中で二度、彼の言葉を反芻した。


「に、任務で、殺しに来たって……止めてください、そんな、冗談……」


「……軍は長らく、俺に勧誘を掛けてた。なんでだかわかるか? 俺は不思議だった。入軍したい奴なんか、いくらでもいるんだからよ」


「それは、ヘイダルさんがロマブルクの一の冒険者で……数少ない、高位の異掟魔法ルールを使える感知術士だったから、ですよね?」


 ヘイダルは首を振り、息を吐いた。


「マルティは、大物振ってるが、とんでもなく臆病な男さ。だからこそ、怖いんだけどな。自分以外の何も信じちゃいない。部下の失敗どころか、裏切りにさえ怒りを見せないらしい。淡々と評価を下げたり、内々で処分したりするだけだ。あいつは、裏切らない保証のある手駒が欲しいんだ」


「裏切らない、保証のある手駒……?」


「俺の親と、長い付き合いのある恋人が、ロマブルクで暮らしてる。俺がしくじれば、何が起きるかわかったもんじゃねぇ」


 俺は唇を噛んだ。

 マルティは、そんな卑劣な手まで使うのか。


「私達には関係のない話だ。そんなことをうだうだと口にして、だからどうしたというのだ? 大人しく殺されろ、と? それとも、仕方のないことだから許してくれ、とでも言いたいのか?」


 エッダが苛立ったように口にする。

 俺はエッダに反論しようとしたが、言葉が出てこなかった。


「……ああ、勿論、そんなつもりじゃねぇさ」


 ヘイダルはそう言い、表情を険しくした。

 彼の魔導器、《予言する短剣ギャラルホルン》を俺達へと向ける。


「悪いが、手加減はしない。手心も加えない。だからよ、本気で俺を殺しに来い」


「そ、そんな……」


 魔導剣を握る、俺の手が震えた。

 ヘイダルと、殺し合う……?


「……覚悟を決めろ、ディーン。奴は、わざわざ対等に戦うために、今の言葉を吐いたのだ。ヘイダルは、本気で私達を殺しに来るつもりだ」


 そのとき、ヘイダルと背後より、複数の人影が浮かび上がった。

 ベージュの軍服を纏う十の一般兵達の先頭に、灰色の軍服を纏った、青い髪の女が立っていた。

 派手にアイラインを引いた目で、俺達を睨み付ける。


「プ、プリア魔導尉……!」


 俺は顔が強張るのを感じた。

 もう片割れの魔導尉も近くにいるとは思っていたが、ここまですぐ現れるとは思っていなかった。


「話が違うじゃない、ヘイダル魔導尉殿。騙し討ちできると言うから、貴方の単独行動を認めてあげたのよ? 何かしら、この茶番は?」


「不意打ちが必要な戦力差じゃねぇだろ」


「私は、貴方が信用できるかどうか、その判断をマルティ魔導佐様に任されているの。そのことを忘れないようにしなさい」


 プリアが俺達へ、彼女の魔導剣である《串刺し公ヴラド》を向ける。


「ガロックはいないのね。別行動しているとも思えないし、他の部隊から逃げる際に既に死んだのね。私が殺してやりたかったけど、いい気味だわ。貴方達も、とっとと始末してあげる」


 俺は歯を食い縛り、ヘイダルへと目を向けた。


「ヘイダルさん! 力を、貸してください。もう少しで、パルムガルトまで行ける……! すぐそこなんです! そこまで行けば、マルティは……!」


 身内を半ば人質のように扱われているのはわかる。

 だが、それも、マルティが破滅すれば、ヘイダルの身内に手出しをしている余裕なんてなくなる。

 ヘイダルが力を貸してくれるのならば、プリアと一般兵十人相手なら、高い勝算が見込める。


 ひと時の沈黙があった。

 プリアも、探るようにマルティを睨んでいる。


「そいつは、夢見語だ。無理なんだよ。お前らが、シルヴァス魔導将の元まで会いに行くのは」


「どうして……? ここさえ突破すれば!」


「ヘイダル魔導尉殿、これ以上、余計なことは言わないことね」


 俺の問いに、プリアが口を挟む。

 ヘイダルは無言で《予言する短剣ギャラルホルン》を構え、深く息を吸って、目を大きく開いた。


「坊主、手を抜くんじゃねぇぞ。全力で来い」

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